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連載小説 バーチャル(2)

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 第五ステージには良太も初めて来た。そのため非常に感情が高ぶる。第五ステージからは何度もデモニオを攻撃しないと倒せない。その上、デモニオの攻撃も強力になっている。

「うわ! 強いな。厄介だな」

 ブツブツと独り言を言いながらゲームを進める。しかし、ここまで来て誤って人を斬ってしまった。ゲームオーバーという文字が画面上に映し出された。

「えー!? あいつデモニオじゃなかったのかよ!」

 不平を言いながらコンティニューボタンを押す。しかし、何度やってもこのステージをクリアすることは出来なかった。結局、百円を使い切り十回のプレイを終えてしまった。データのセーブは出来ないため一回使いきると、次はまた一からのスタートになる。そのため良太は席を立った。隣にいる香織の後ろに立って香織のプレイを見る。

「あれ? ダメだった?」

「ああ。ステージ五まで行ったんだけどな」

 ため息をつきながら良太は話す。

「ステージ五かぁ。あたしは四で苦戦してるよ」

 そう言って香織は苦笑した。良太はタバコを取り出して、口にくわえて火をつける。大きく一回タバコを吸って、煙を吐くと言葉を返す。

「俺も今日は調子が良くてな」

「そっか。今日はもう終わり?」

 画面に目をやったまま香織が尋ねる。

「そうだな。そろそろ引き上げるよ」

 百円で十回も楽しめるため知らず知らずのうちに時間が経ってしまうのがこのゲームのすごいところだった。

「そっか。あたしもこれが終わったら帰ろかな」

 香織がそう言ったのを聞き終えると良太は「おう、頑張れよ」と一言放ってからゲームセンターを後にする。帰りにタバコが切れそうだったのを思い出し、コンビニに寄る。高校生ぐらいのアルバイトの店員さんに愛用のタバコを三箱用意してもらう。

「三箱で九百円になります」

 良太はそう言われて千円を差し出した。タバコとお釣りの百円を渡される。百円を見るとどうしても「ハンター」をやりたくなる。なにしろ、たったこれだけで十回も遊べるのだ。

「いや、今日は帰るぞ」

 良太は首を横に振って、コンビニを出てまたタバコを吸い始める。そうして帰ったつもりの良太だったが、気がつけば近くのゲームセンターにいた。そして、さっきの百円で「ハンター」を起動させた。先程のように第四ステージまでは軽々とクリアして、また第五ステージで足踏みしていた。ふと、表示を見るともうラストのチャレンジになっていた。

「もう十回目かよ」

 なかなかクリア出来ない自分にイラつきながらも最後のコンティニューボタンを押した。今回はあえて自分がいつも使ってきた長剣を辞めて短剣で戦うことにした。デモニオを見つけ出して倒していく。

「こいつもきっとそうだ」

 普通の人の行動ではないと感じた人間はゴミ箱を漁っていた初老の男性だった。自信満々に良太は彼を斬った。しかし、その人は斬られた腕を押さえながらこちらへ向かってくる。腕からは大量の血が溢れ出ている。

「え!?」

 その時点で誤って斬ったことに気付いた。いつもならここでゲームオーバーの文字が出るはずだが何故か出てこない。男性はものすごい形相でこちらを睨みつけて近付いてくる。振り向けば周りにいる人々がざわめきながらこちらを見ている。周りにいる人を見渡せば尻尾の生えた人たちで溢れている。

「デモニオだ!」

 そう思い良太は尻尾の生えた人たちに襲いかかる。周囲にたまっていた人だかりは散って、数名がその場に倒れる。大量の血がその場に流れている。周囲の散った人たちが悲鳴をあげる。尻尾の生えた人たちの目が再びこちらに集中する。そして、何人かの尻尾の生えた男性たちがこちらへ走って向かってくる。手にはハンマーや竹刀といった戦うための武器を持っている。

「どうなってるんだ! あんなに一斉に来られたらさすがに対処出来ない」

 このステージで多数の武器を持ったデモニオに追いかけられているため必死で逃げた。逃げ道にいる尻尾の生えた人を見つけると、良太は斬っていった。しかし、斬られていく人たちはその場に倒れ込み痛みに泣き喚く。血が大量に流れる。

 走りながら斬っている良太はデモニオを倒している感覚に陥る。デモニオを倒せば倒すほどスコアは伸びて次のステージに上がれるはずだ。良太は逃げながら、デモニオを倒して次のステージに進もうとしていた。しかし、後方には先程の男性たちが追いかけてきていた。

「くそ! どうなってやがる! まだ次のステージに進まないのか!」

 良太はここまでかなりの数のデモニオを倒したはずなのに、と首を傾げていた。状況が理解出来ず時折、後ろを振り返りながら走った。後ろからはパトカーのサイレンも聞こえてきていた。

「パトカー?」

 ゲーム内ではパトカーなんてものは存在しない。良太はようやく気付く。

「現実なのか……。冗談だろ?」

 そう思い手に持っている短剣を見ると、それは紛れもなくサバイバルナイフで血がべっとりと付いていた。

「うわぁー!」

 手に持っていた生々しい血の付いたナイフを見て現実に引き戻された良太は、ようやく事の重大さとに気付き大声を上げた。

 後ろを見れば、斬りつけた人々を抱えている人が数名いて自分を捕まえようと追いかけて来ている人が見えた。そんな追っ手を気にして走っていた次の瞬間。

 前方で大型トラックの急ブレーキの音が聞こえた。後ろを気にしていた良太はその音で前へと振り返る。その直後、自分の体がぶつかった衝撃で飛ばされるのがわかった。

 パトカーのサイレンが聞こえていた。近付いているはずのその音が次第に遠くなり、良太は意識を失った。良太が目を覚ますと、そこには香織が立っていた。

「良太くん。聞いて。あたし、全面クリアしたんだよ!」

 良太はそれを聞いて一言返す。

「やったな! 香織!」

「でも、残念ながら良太くんはゲームオーバーみたい……」

 香織はニヤリと不気味に微笑んでいた。

「今日未明、谷中村で連続無差別通り魔殺人事件が発生しました。死者の数、負傷者の数はハッキリしませんが、犯人と思われる男性はトラックに引かれて死亡した模様です。詳しいことが……」

 テレビのアナウンサーが淡々と話す声が聞こえていた。バーチャルではない現実の世界。決して迷い込んではいけない。

……その狭間には。抜け出すことは不可能だから。

―完―

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