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短編小説(1)『挟み打ち大作戦』

「お酒の力を借りるか」

 俺はまた日本酒に手を出す。毎日の晩酌に付き合う妻の清花には悪いとは思いつつ、酔わなければやっていけないくらい大変な仕事に追われる日々。

「プハー! やっぱりうめー! 酒が飲めるのは幸せだな。な、清花」

「あなたはいつも飲んでいるでしょ。飲める幸せというよりも都合つけて飲んでいるように思う気がするわ」

 清花はそんな俺に対して皮肉交じりに言葉を吐き出す。確かにいつも八つ当たりされる清花にとっては気に食わないと思うのだが。俺は家内にはなんでも話せると思い、包み隠さず会話をする。もちろん、家内の清花がどう思っているのかさえも分からない。本当は「もうこんな俺の話を聞きたくない。別れたい」と思っているかもしれない。それを俺は感じ取ることも出来ていないのか? 酔っている俺にはそんなことさえ分からなくなる。

「でも、こないだの秋葉部長の件も齊藤のアホの件も俺がしりぬぐいだぜ? どうかしてるぜ。こんな会社、清花がいなけりゃすぐに辞めているところだよ」

 そう、今、働いている会社は清花のお父さん、つまり俺にとっては義理の父が運営している会社だから辞めることも出来ないのだ。特に同僚の齊藤という仕事のできないアホのせいで俺の業績はダウン。仕事ができない人間はこれだから嫌だ。俺の足を引っ張るだけで、単なる足手まといにすぎないのだ。一歩歩くごとにさっきしたことを忘れるくらいアホなやつで、変なところで神経質になる。クソが付くほど底辺なやつだ。そんなヤツと一緒に働いているのが嫌になる。でも、清花のお父さんは俺の元からアホを退けようとはしない。理由はわからないけど、俺はストレスしか溜まらないし業績不振の元凶がアイツでしかないのに。

「それで、今日は齊藤何かしでかしたの?」

「砂糖の一粒でもなめさせてやれば何か変わるのかもしれないけど、アイツには塩が一番いいのかもな。甘くするとすぐ図に乗りやがる。階段から落とせば頭も良くなるかもしれないけど」

 俺は酒の力よりも素面のままで齊藤のアホさ加減に苛立ちを隠せなかった。

「そんなことしたら犯罪者」

 清花はそう言って、お猪口に日本酒の入った徳利を手に継ぎ注ぐ。清花はそんなこと言いながらほくそ笑む。何かを企んでいるときの顔だった。

「おっとっと。こぼれるよ。清花」

 俺はすかさずお猪口に口を近づける。清花は小さく「挟み打ち」とつぶやいた。その言葉の真意はまだわからず、俺は首をかしげた。そんな状態で俺はいつの間にか眠気に負けて寝てしまっていた。

 次の日、起きると、清花が朝ごはんを用意してくれていた。目玉焼きにレタス、ウインナー、白い炊き立てのご飯、お味噌汁。俺は幸い酒の二日酔いはなかった。酢酸として代謝されてしまったようだ。ありがたいことだった。職場へ行くためにスーツケースを持って用意をする。

「あなた、挟み打ちよ」

 俺は清花の言葉の意味が分からなかったが、曖昧ながらも「お、おう」と、言葉を返した。出社すると、お義父さん社長は俺に「おはよう」と声をかけてくる。俺はすかさず、「おはようございます」と挨拶をする。

「挟み打ちだね」

 清花と同様の言葉をお義父さんは口にする。一体、意味するものは何なのだろうか。

「齊藤君、次の資料を陶業商事に持って行ってくれたまえ。午前中必着だ。頼んだぞ」

 お義父さんは齊藤に出来もしないであろう頼みごとをする。ついでに俺について行くようにも指示してきた。めんどくさい。齊藤には出来ないんだから俺が全部すればいいことなのにと思ったのだが、仕方ない。お義父さん社長のいうことだ。聞かなければいけない。

「あの、これどっちですか?」

 案の定、齊藤のアホは道一つ分からない。ムカついた俺は「自分が思うようにしてみれば?」と言葉を発する。

「でも、午前中なんで。お願いします。教えてください」

 ムカつく。なんでこんな奴のしりぬぐいしなきゃいけないんだ。ムカつく。ムカつく。

「次の信号右だよ! 黄色に変わりそうだから先に行け!」

 バイク二台で走っていた俺たちは信号が変わりそうなのを見て、アホを先に行かせる。「挟み打ち」そうか。ここか。

 トラックが左折してくる。齊藤のバイクがトラックと接触しそうになる。避けようとする齊藤のバイクの後ろからもトラックがやってきていた。齊藤のバイクはトラック同士の間に挟まれて跡形もなく、潰れてしまい齊藤も即死だった。こうして、清花とお義父さん社長の作戦だった「挟み打ち」は無事成功した。だけど、トラックの運転手さんは無事だったのだろうか? それだけが気になった。

「大丈夫。運転手さんはスタントマンだから。それにあれは事故。齊藤さんは事故死。悲しい運命だったわね」

 清花の含み笑いは俺の中でより怖いものを生んでいくような気がした。でも、この作戦は俺にとっても嬉しいものだったので、二人で砂糖水を舐めているように気分がよかった。

―完―

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