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私から貴女へ (23/30)

七月十四日
拝啓。尊書拝見。
 小生は相変わらず多忙。こと最近は七月末あがりの案件が四つ重なり、いよいよ肩が上がらず、首が回らず、頭痛までしてくる始末。そんなタイミングで手紙をよこす貴女の間の悪さ、もしくは図々しさは昔と相違なく、懐かしいんだか、腹立たしいんだか。もう、いい。
 さて、聞いてほしいことがあるとか。なになに、ジョギングコースにしている霊園(なんと悪趣味な)の常連さん(この方は生きておられるのか!?)に声をかけられ、「最近、霊園の常連のみなさんの間で貴女のことが噂になっている。年の頃は四十代前半ないし三十代後半か。いや、ご婦人からは三十代前半じゃないかとの声もある。失礼だが、貴女はおいくつか?」と尋ねられたとのこと。貴女は正直に「四十七歳です」と答えたところ、常連さんから「そうはみえない。なんとお若いのだ!」と返されたとかなんとか……。そうか、そうか。一見、淡々と近況報告をしてきているようにみえても、いきなり冒頭にその話題をぶち込んでくるあたり、かなり心躍ったとみえる。黙っておけない性格も昔と相違なく、無邪気なのか、成長していないんだか。もう、いい。
 長年の友人として、ひとつだけ助言しておこう。ひとけも少ない早朝の霊園(何度もいうが悪趣味)で、ラヂオ体操に励むご老人の前に、短パン半袖キャップ姿でやって来て、般若のごとき形相でゼエゼエハアハアと息を切らし、急坂を駆け上っていく様を見て、「ああ、あの人、四十七歳ね」と誰が思うだろうか。いや、思うまい。明らかに暮らし向きが良く、品性あふれる常連のみなさんが思い描く、もしくは自ら通ってこられた四十七歳は、およそ今日の貴女のようではなかったはず。断言こそしないにせよ、限りなくそれに近いところまで達していると思え。それは、小生が断言しよう。
 さらに貴女は臆面もなく「実業団か何に所属されていたのか。走りが力強い」と常連さんに言われた旨まで追記してくる始末。小生の記憶がたしかなら、二カ月前、貴女はなんてないところでうっかり転んで捻挫し、これまたわかりやすく、たかが捻挫されど捻挫を今なお継続中のはずでは? 今すぐ全国の実業団のみなさんに謝れ。自己都合でいいように解釈する性格も昔と相違なく、お気楽なんだか、阿呆なんだか。もう、いい。
 ひとつだけと言ったが撤回。老婆心ながら忠告させてもらう。貴女は知らないかもしれないが、それは「アンコンシャスバイアス」といい、その人の過去の経験や知識、価値観、信念をベースに認知や判断を自動的に行い、何気ない発言や行動として現れるそれだ。ひとつ利口になっただろう。存分に感謝せよ。常連のご老人たちが悪いのではない。鵜呑みにする貴女の方に非がある。よって、三十代前半でもなければ実業団でもない。また、これに味をしめて「私、いくつに見える?」などとしたり顔で宣ったり、若い友人と横並びで「わかる、わかる、だよねー」などと身の程を弁えぬ立ち居振る舞いをしたあかつきには、生涯絶交とさせていだたく。心しておくこと。
 やっとひとつの山を越えたと思ったら、すぐに次の山を登る……。机上のアルピニストと呼んでくれたまへ。貴重な時間を貴女に費やしてしまったこと、自らの運命として受け止めるので心配ご無用。嗚呼、冷えた麦酒が飲みたい。

匆々頓首
肩が凝りすぎて首が廻らない四十七歳の個人事業主

紛れもなく四十七歳年相応な貴女へ


ということで、森見登美彦の『恋文の技術』の文体をパク……いや、オマージュです。ネットスーパーが来ないよー。

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