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作品のスケッチとディスプリクションの演習

<芸術研究学2>−1

タイトル:『玉座の聖母子と二人の天使』
作者:フィリッポ・リッピ
1440年頃 テンペラ、金/板(板から移し替え)

ディスクリプション: 初期ルネッサンスに、フィレンツェの画僧であったフィリッポ・リッピの1440年頃のテンペラ画作品、絵画のサイズは縦122.6センチ×横62.9センチの縦長で上部はアーチ型。
 縦長上部アーチ型の画面の、絵画全体を埋めるように座する聖母子が中心に配置され、聖母子の後ろに大理石の玉座が聖母の身体に沿うように描かれている。大理石のように見える硬質な玉座の両脇には、聖母よりも小ぶりの天使が二人、聖母子を囲むように互いに向き合っている。鑑賞者から見て絵画の左の天使はラテン語の巻物を広げ、向かって右の天使は玉座の柱に左手を添えている。聖母の玉座は肘かけの部分が背を中心に輪になっているが、それが左右不対象であるのと、聖母の頭の上まで続く背もたれの部分が彫り込まれたように描かれているため、安定感は薄い。大きな椅子というよりも部屋の中の小型のコーナーのようにも見える。金環を頭に乗せて、金髪にベールを被った聖母は、鑑賞者から見て右側に赤ん坊のイエスを膝の上に乗せ、手でイエスの肩を覆っている。聖母は、丸く開いた襟元に長袖の、胸の下で金色の帯を巻いた、赤い衣装の上に青いマントを着ている。捲れたマントの裏地は深い緑で、その緑は天使の衣装と同じ色である。聖母と同じように金環を頭に乗せている天使たちは、赤い襟のついた緑の光沢のある生地の長袖の衣装の上に、赤い帯の二本を胸の真ん中で交差させている。聖母は斜めに下に向けた顔で、眼球だけが上を見ようとしており、そのせいか諦念や疲弊のようなものも感じられる。イエスは赤ん坊らしく全身がふっくらとしているが、脂肪の下に筋肉があるような力強さ、ぐっと口を縛っている表情には強情さがあるように見られる。イエスは腰から下を薄紫の布で覆われている。聖書を両手で持って、絵画に向かう人々に本の中身を示すかのように開いている。イエスの右足は聖母の膝の上に投げ出されている。聖母のマントには幅のある金糸の縁取りが見える。玉座の上部にも赤い縁飾りが配されて、天使の衣装の赤と聖母の衣装の赤とともに玉座にも赤みの強い朱色が使用されている。色調は、聖母の衣装の赤と青、天使の衣装の緑、イエスの腰部分から足を覆っている布の薄紫、それ以外の画面全体としては黄色味が強く表現されている。

所見:作品を文字で伝えるために観察するために目を凝らした場合、ただ漫然と鑑賞していた場合とは絵画へ集中する密度が違うこと、絵画を字で描写してみると絵画を観ながら自分がその作品に疑問に感じている部分があったなどに気が付いた。些細な疑問が湧いても単に鑑賞をしているだけでは、疑問が湧いたそれ自体も意識しないまま、次の作品へ興味が移ってしまう。
 この作品について、一番の違和感は玉座だった。絵の中にはどこにも見知った椅子らしきものはなく小さな部屋の祭壇の上に聖母子がはめ込まれているようだ。同時代の他の画家の作品を検索し、国立西洋美術館の常設にあるアドリアーン・イーゼンブラントの『玉座の聖母子』を見つけて比較した。その上で多少の疑問点は解消された。一枚の絵画を言葉で説明するためには、同時代の絵画作品や同じテーマで描かれたものの所在の情報と知識が必要だとわかった。
 ディスクリプションの書き方で不明なのは、人の顔についてどこまで表現して良いのかという部分である。自分にはこの絵に描かれたのは疲弊した聖母と見えたがそれは個人的な観察なのかもしれないし、するとその情報は余計なものになる。「微笑んでいる」とか「怒っている」とか、見た目ではっきりと分かる表情はそのまま書いても良いのか、その中間で曖昧な場合はそのまま「曖昧」と書くのか迷った。例えば抽象的な絵画を説明する場合、「@@が++をしている」とはっきりと書けない場合があり、文字での紹介の難解度はさらに増すから、的確な言葉の知識と表現方法を身に着ける必要がある。

 絵を観て文字で伝え、それを想像して絵に描いてもらうという授業例が教科書にはあり、描かれている人物が泣いていたら「泣いている」と書くのだろうが、鑑賞者や作品によっては描かれた顔について「笑い出しそう」と捉える人もいるだろう。全ての鑑賞者に一枚の絵画を理解してもらう説明を作る難しさを感じた。この絵画についてのディスクリプションの手本を『メトロポリタン美術館展』図録以外にも得ようと探したが、手元の掲載画集にはタイトルと年代のみが記されているだけ、他の書籍でも詳細は得られなかった。

 スケッチを描いてみたが、理解し難い点がある。一筆書きのようなスケッチを作る前に対象の絵画の構造を考え、言葉にする上では細部まで丁寧に観察することが重要だと思われたが、どこまで省略してスケッチにすれば良いのか把握し切れていない。簡潔にスケッチするというのは線が少ない分、その少なさの中で表すのがけして簡単ではない。絵画の中にあるモチーフ全てについてできるだけ記すこと、そこに重要なテーマである場合もあるので見落としをしないように気を付けるべきだろうと理解した。それはまた新たな発見にも繋がるのかもしれないと考える。


上記の課題で学んだことは、展覧会のキャプションを作る作業の大変さだった。
あんなに短い言葉で作品を説明するプロフェッショナルの凄さを感じた。

参考文献 課題画像:図録『メトロポリタン美術館展』2022


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