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新たな日々

 今週からリアル・オフィスへの出社だった。
 いまの会社はコロナのパンデミックの最中に入社して、入社初日からフルリモートの勤務だった。同僚との仕事はインターネット越しでしかしたことがない。と言っても、前職はフルリモートではなかったから、はじめてのリアル・オフィス勤務でもなかった。それでも三年ぶりだ。
久しぶりに朝、早く起きて、寝間着からオフィスで見栄えがいいビジネスカジュアルに着替えた。数年ぶりにジャケットへ袖を通した。玄関のドアを開けて、外で出る時は緊張した。女性が久々にセックスする時はこんな感じかもしれない。この状況を受け入れるのにとまどった。身体がまだ、リモートモードのままだった。リモート勤務中にコンビニにランチを買いに行くのとは違う感覚だった。
駅について電車に乗る。あれ、こんなにも空いていたかと思った。座れるほどではないが、スマホを出せないほども混んでいない。肩や背中もぶつからなかった。パンデミック前より快適だった。
急行に乗り20分もするとオフィスについた。オフィスに着いて、マネージャーにLINEをした。マネージャーが受付へ来て、オフィスを案内してくれた。オフィスには固定座席がない。フリーアドレスだった。いつも使っているノートPCでそのまま仕事をすればいいということだった。今日は、マネージャーの隣の席に座った。
 一番、おどろいたのはマネージャーがよくしゃべることだった。リモートだと丸一日、チャットをしないこともあったが、リアルで隣にいるとよく話す。
 もちろん、ビジネスをやっているから仕事に関することが一番、多かったが。今年の夏は暑くなるよね??コーヒーはジョージアとボスのどっちが好き?このノートPCは使いづらいよね?とか、他愛のない話も多かった。この人がこんなに話好きとは思わなかった。だが心地いい。リモートより一緒に仕事している満足感があった。仕事自体もマネージャーと細かなところを詰められて順調に進んだ。
 ランチはマネージャーがおごるから一緒に食いに行こうと誘ってくれた。居酒屋ランチへ二人に行った。二人とも日替わりのポークジンジャーを食べた。久々のビジネス街でのランチ。リモートの時はコンビニ・ランチだったから、ご飯の多くみそ汁もついている居酒屋ランチは食べ応えがあった。できたての暖かい食料。おいしかった。
 マネージャーは日曜日、家族で出かけたアウトレットで子どもが迷子になって大変だったことを話してくれた。子どもが迷子になり、泣き止まないので、泣き止ますために遅い時間だったけど、子どもが好きな回転ずしへ行ったこと。子どもが好きなサーモンを家族であわせて10皿も食べて、みんな幸せになったと。
 ランチからオフィスへ戻ると、総務からチャットに経費精算で僕のミスがあったから、来てくれないかと入った。僕は総務部に行った。しかし、担当の女性が見当たらない。
 そんな僕に総務部の担当は気づいたのか、声をかけてくれた。一瞬、誰かがわからなかった。リモートのディスプレイ越しに会ったことがある同じ女性だが、輝きが違う。マスクを外して、きちんとした服を着て、薄い化粧をしていた。声もネットワーク越しより澄んでいた。なによりも黒々としたショートカットがモニターで見るよりうるわしかった。
 僕は彼女に見とれていた。それに彼女は気づいて。
「あの、手続きをしないと」と恥ずかし気に言った。
 僕は恋をしたかもしれない。

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