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透明なビニール傘という無個性

雨がいつ降り出してもおかしくない
そんな空模様がもう何日も続いている。
こんな日々には傘がいて欲しい。
側にいてくれないと不安になる。

雨が降り止まない日のコンビニ前。
右手に傘を持つ私はそそくさと屋根の下に入り、
それを畳みビニールに張り付いた雨水を振り払う。
そしてドア横の傘立ての前、私は少し立ち止まる。

傘をここに置いて店に入ろうか、
それともいっそ、綺麗に畳んで持って入ろうか。

こんな二択が生まれるのは、
私が右手に持っているのは何の変哲もない
どこにでもありそうな透明のビニール傘だから。

自分の名前はもちろん、
何の絵柄だって描かれてない。
その他大勢の傘に埋もれて
どれがどれだか分からなくなりそうな傘。
なんなら、小さな悪意から盗まれてしまっても
泥棒が大した悪意を感じないほど
一切の特別感とは無縁そうな傘。

だけど、この傘は私にとっては特別で
誰にも取られたくなんかない、大切な存在なのだ。
誰が見たって分からないだろうけど、
私には特別な思い出が詰まった傘なのだ。

急な雨が降り出したあの日、
彼と二人でコンビニに走って買った
透明なビニール傘。
相合い傘をする彼の右肩は濡れていた。
この傘には、そんな私の大切な想い出が詰まっている。

この世の中はどうして、
無個性な存在達を簡単に搾取してしまうのか。
傘だって人だって同じ。
名前が分からない、顔もよく見えない、
面と向かって話したこともないから
何を考えて生きているのか分かり得ない。
そんな相手のことなら別に
傷付けても問題ないと思ってしまう。
その相手は、誰かにとって大切で
他には変え難い特別な存在かもしれないのに。

情報という名の大量の雨水が降り頻るSNS社会。
そこに無数に存在する、
ユーザーという名の透明なビニール傘たち。
その傘一つ一つに血が通っていることを
つい忘れてしまいがちで
降りしきる言葉の数々が知らぬ間に誰かを傷つけ、
意図せずとも人権を搾取していく。

誰かに盗まれてしまわないよう
目に見える個性をもっと出さないと。
ここにいるって大きな声で叫ばないと。

そうやって個性を発揮して生きるのに必死で
透明のビニール傘という"平凡さ"を愛することを
忘れてしまうのはあまりにも悲しい。

無個性に見える存在たちにも
確実に誰かの愛は注がれているのだから。

コンビニから出た私は、
傘立てから透明なビニール傘を手に取り
それを大事に連れて帰った。
傘は私の両肩を冷たい雨水から守ってくれた。

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