ルールが個性になり、そして読まれる。:『書かなきゃいけない人のためのコピーライティング教室』を読んで。

ルールは何のためにあるのか?

守るため、破るため、変えるため。校則や法律といった消極的なものだったら、そういった答えになる。

しかし、今回は逆。積極的なルールについて話。

ルールで縛るというルール

読みやすいことは、内容とは一切関係ない。

さっき読み終えた本が驚くほどに読みやすかった。内容もさることながら、読みやすい。途中から「どうしてこんなに読みやすいのだろうか?」と考えるくらい読みや

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「大丈夫です」の重み

「困っていることに鈍感になっている」ということかもしれません。

「何とかする」「何とかしてしまう」という自分がいるから、「困ったら助けるよ」と言われていても極力自分でやろうとする癖があります。そういうときに、「大丈夫です」という言葉がよく出てくるように思います。

それ自体は悪いことじゃない、とは思います。自分で頑張ってみる、というのは強みでもあるからです。

ただし、それがドツボにハマってしま

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前例がないと誰もやらない。
と冒険しない周囲を嘆く祖父江 慎氏(先日の『SWITCHインタビュー 達人達(たち)』)。「こういうのは今までない」と否定されるとか。挙句の果てに「普通にしてください」という指示に「大丈夫なんだろうか」と首を傾げる。ブックデザインの場でなぜと呆れる。

自己納得の人生とトイストーリー4

前回の記事で「みんなちがってみんないい」という概念がやっと理解できたことを書きましたが、最近は何度もその考え方に救われている。

やっぱり生きていると他人に対して「この人のこういうところ下らないな、嫌だな、ありえないな…」などと不満に思う瞬間に度々出会う。

例えば、大人になっても全く政治に興味がなく選挙にも行く気のない人(それをやばいと思っていない人)とか、まじで尊敬できないわ~とかイラっとして

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あなたの個性はなに?

「一人ひとり誰にでも、個性があります。」

と、学校の先生が言っていました。

「でも、ほんとにそんなものがあるんだろうか?そう繰り返し伝える先生の個性は、何なのだろうか?」

と、思っていました。

でも、大人になり働きはじめた今、楽しそうに働いてる人の多くは、そばで見ていて個性的だなと思うことがよくあります。

でもそれは、個性というほどきれいな感じではなく

「自分ができないことを、あきらめ

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人間関係が苦手なら個を徹底して伸ばす

こんばんは。四柱推命鑑定士・楽一郎です。

今回のお話は、要は「不確実なものを減らそう」ということです。

いくら「人間関係をよくしたい」と願ったところで、人間関係がよく
なる保証はありません。
なぜならば、自分以外の人間はコントロールできないからです。

本当は、自分といっしょにいる人間も選べればいいのでしょうが、
家族や職場の人間は、なかなかそうもいきません。

結局は、自分でコントロールでき

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あの子は花弁、わたしは茎。輝きの定義が違うのは当たり前。

「すべての人が輝け」という時代になったと思う。
一億総活躍っていう言葉が話題になったとき、わたしはなんだかすごくなまぬるい気持ちで苦笑いしていた気がします。

輝くのはすばらしいことなんだけど、言葉ばっかりが独り歩きしてしまって、全員が「花弁」になろうとしてしまっているような、そんな感覚がありました。

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たとえば、今の時代なら「クリエイター」。
すごく評価されやすいと思うんです。何かを作

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【素人考察】コミュ力の過大評価 〜「ボクの自学ノート」を見て〜

土曜日だというのに暇で暇で仕方ない。「よし、普段あまり集中しないテレビでも見るか」ということで、たまたまその時間に放送されていた、BS1スペシャル「ボクの自学ノート~7年間の小さな大冒険~」を見た。

 小3から中3までの7年間、自分の気になったことを調べて、ノートにまとめる「自学」を続けていた梅田明日佳くん。その「自学ノート」の中身は、分野の違いは全く関係なく、様々なテーマが取り扱われており、新

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お洒落のひみつ

あっつい。もうヤダ。いまからこれじゃ、8月はいったい・・・・・
地球の気温がおかしくなったのは、でも人類のせいよねえ。仕方ない。人類のはしくれとして、この暑い懲罰を受けようじゃないか。熱中症にだけは気をつけて。

シャワーでさっぱりする。気持ちよくて死にそう。私は冬でも10分で済ませる。水道ガス代がどうのと言われるのがイヤだし、髪と体が清潔になればいい。それに髪とアカのいっぱい浮いた、少なくてぬる

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「世の中みんな一色化していく」
と東京の街の個性喪失を憂えた矢野誠一氏(先日の『日本経済新聞』朝刊)。東京に山の手と下町の鮮明な文化圏があった子供時代を振り返り世の中も東京も固有の情緒がなくなったと嘆く。私は、音もなく広がる精神の危機と味わいなき街の変貌は無縁でないと確信する。