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263kmマラソン体験記④ ~助けてください、股間が痛いです~

続き

スタートから27時間。2日目の夜、現在160km地点です。
前回のお話はこちら

2日目_夜(160km~194km)

股間が凄まじく痛い

道の駅たいらだて(157km)を出発し、いよいよ、中盤戦の最終地点の大レストポイント「ふるさと体育館(178km)」に向けて、走り始めます。

このあたりは眠すぎて、実は記憶が明瞭ではありません(ゆえに写真も撮れていません。蛇行しながら走っていました)。しかし、一つ存在する明確な記憶は、

耐え難いほど、股間が凄まじく痛い

ことでした。

文字にすると見えづらいですが1日目は雨、2日目も時折雨。湿度も高い状況が続いていました。すると、”全身の皮膚がふやける”という現象が起こります。擦れやスレが起こり、水ぶくれもできます。すでに私の体は、ムレとスレによる右腕と両脇腹に傷が出来ていました。

しかも、戦略的に仕込んだはずの失敗がありました。
それは「股間周辺の毛がスレて痛くなる」という事前情報から、デリケート損周辺のヘアを一部剃っておいたのでした。・・・それが仇となってしまいました(汚い話でスミマセン)

つまり、2日もすると、ウニのようにチクチク毛が生えてくるわけであり、それが、股間に仕込んだ亀の子タワシのようにデリケートゾーン周辺を傷つけまわっているようです。

股間周辺のイメージ画像

お尻とお股(デリケートゾーン)に体育館でころんだ擦り傷のようなダメージがいくつもできていました。その傷を携えて、汗と雨で蒸れながら走ると、これが、めちゃくちゃ痛いのです。必然的にガニ股で、カニのように歩くことになります。とはいえ「股擦れでリタイヤはカッコ悪すぎる」と思い、10km先の休憩所まで粘ろう、そこで絆創膏やガーゼなどで応急処置をしよう、そうすればなんとかなる!と思いました。

4人いた仲間は、2人が遅れていました。

1人は、私。股の痛みにより、走るのが圧倒的に遅くなっていました。もう1人は、マッキー。マイペースで走ることができる彼は基本1人で後ろを走っているようでした。

ちょっと前まで電柱ゲームで励ましていましたが、疲労で口数も減り、やや重たい空気が漂っていました。外は暗闇。2日目の夜が一番ヤバイと言われた理由を全身で感じていました。

股メンテナンスポイント「ふるさと体験館」

「股が痛い」「眠い」の記憶しかありませんが、足を動かし続け、気づけば、大レストポイント「ふるさと体験館(178km)」に到着。

時刻は2日目の7/17(月)深夜0:30です。開始から約31時間経過。

ふるさと体験館(178km)

到着と同時に、預けていた荷物からあるだけ絆創膏を集めます。
そしてボランティアの方に、テーピングを借り、股擦れをした患部に絆創膏をはって、そしてMyタワシをテーピングでぐるぐるに巻きました。傷口が直に触れることはなくなり、苦痛が収まったことで、頑張れる気がしました。

食事を済ませ、体育館のようなところで50分の仮眠をとることにします。

先についている仲間はすでに眠っています。あと20時間、走り続ける必要がある、そう考えると気持ちが折れてしまうので、考えないようにします。

あくまでも、目の前の一歩のみ。深夜2時におきて出発したら、次は204kmの次のチェックポイントを目指すのみです。体は満身創痍になっていましたが「完走する」という気持ちを絶やすことはありませんでした。

しかし、疲れは累積し、睡魔はより圧倒的となります。そんな3日目が、これから始まるのでした。

3日目_深夜(178~204km)

後半戦の始まり

7月17日(月)深夜2時。開始から33時間経過。
現在178km地点。最後の死力を振り絞って、といいたいところですが、
そのセリフを言うにはまだ早すぎるタイミング。

ここからようやく「後半戦のはじまり」なのです。もう、いつになったら終わるんだ。。。5人になった仲間は、1人脱落して、4人になっています。

集団はエンディとヒロポンを完走経験者は先へ、私とマッキーは遅れ気味でのスタート。遅れて到着した一人マッキーも、足首の腫れを訴えており、後で出発するとのこと。「オナラをすると腸液が噴霧されて、それが尻のダメージつながるから、気をつけて方がいいですよ」というアドバイスをくれた陽気なマッキーにも、暗雲が立ち込めているようでした。

マッキー深夜2時のLINE

いよいよ眠く、いよいよつらく、いよいよいっぱいいっぱいです。
1日目の夜に話していたお互いの赤裸々トークなど行う余裕はありません。

それでも、”闇の中、誰かと一緒に走れる”というのは、それだけで心強いものであることは、この二晩で痛いほど知りました。エンディ、ヒロポン、そしてここにはいない提督、マッキー、ありがとう。

1時間弱の睡眠の後「ふるさと体験館」を発ちます。そして次のチェックポイントである「津軽中里駅(204km)」を目指します。

そこまでの道のりは、ひたすら山道。暗い山道です。あと2時間もすれば夜が明ける。最後の夜が、終わろうとしていました。

深夜、赤ちゃんが道端で目を光らせていた

一方、走りながら重要な事に気づきます。それは”次まで約26km、休憩所がない”ということ。自販機が現れるのも、今は山道なので、20kmくらい先になります。股擦れの処置で頭がいっぱいで水の補充を忘れていたのでした。

「水がない」。これは致命的です。仲間に話をすると、水が不足しているといったエンディ。水なくして走れない、ということで山道のトイレで水を組むことにしましたが、「飲まないで下さい!飲料水ではありません」と強く警告されており、腹を下しては元も子もない、ということで諦めて走り出します。

さて、この頃になると走りながら、様々なものが見えるようになります。
いわゆる「幻覚」です。正常なときでも暗い中だと見間違いという現象は起こります。加えて、暗闇✕睡眠不足✕疲労が重なると、”別のものに見える”という勘違いが脳内で起こりやすくなるようでした。

私が、走っていると、懐中電灯で照らした先のすぐ目の前の路肩の段差に、1歳くらいの赤ちゃんが座ってこっちを見ていました。そして、その目が光っていました。

幻覚イメージ画像 その1
(ほんとこんな感じでした)

あまりにもビビって、「うわっ!」と一人声をあげました。側にいたエンディが「どうした?」と聞きます。「赤ちゃんが見えた」と私が答えると、「ああ、そう。まあそろそろ、そういう頃合いだよね」と驚く様子もなく、するっと受け流されました。さほど、珍しくもないようです。

その他にも、カーブミラーがスーツを来たパンダに見える、とか並んだ木々が象に見えるなど不思議な光景が見えました。

眠すぎて、叫び出す

ただ、そんなのはどうでもよいのです。
脳がちょっと勘違いしただけで痛くも痒くもありません。

問題は「めちゃくちゃ眠い」ただこれだけ。「眠い!眠い!眠い!」と誰が助けてくれる訳でもないのに誰にとも無く叫んで見る。「ああーっ!!」と大声を出してみる。でも相変わらず眠い。また水もなくて喉も渇き始めて、トイレの水も駄目。ただただしんどさだけが溜まっていきます。

ただ、エンディが希望を語ります。「そういえば、去年はこのあたりで、私設エイドのおじさんがいた気がする」

幻覚イメージ画像 その2
(左:カーブミラーがスーツを来たパンダに見える、右:並んだ木々が象に見える)


闇の中の天使、私設エイドおじさん

山道のトンネルを抜けると、ワゴン車が路肩に停まっていました。
まるで「闇の中に天使」です。私設エイドおじさんがいました。

この山道、我々と同じように水不足に陥ったランナーに、深夜3時にも関わらずおじさんが車を出してくれていました。

毎年、この大会のたびに、ここで1人深夜~明け方にサポートとして応援してくれているそうです。トイレの水が飲めず絶望している中で、私設エイドのおじさんは今年もいてくれました。

そこでミルクティーやコーヒー、リポビタンDなどを頂きます。そして空だった水も、両方のボトルに満タンにしていただきました。

まだ頑張れる・・・!

人の優しさや、サポートがあるから長い旅路も続けられるのだ、温かいコーヒーの味とともにそう思わずにはいられませんでした。

さあ、いくか!!と元気よく走り始めます。・・・がそれも束の間。また、ものの10分で、暴力的な眠気が襲ってきました。目を覚ますために、1kmくらい全力で走ってみたりします。それでもただ足が疲れるだけでやっぱり眠い。

全力で走る。道端でまた5秒だけ眠る。仲間に追いつかれる。
全力で走る、道端でまた5秒だけ眠る。仲間に追いつかれる。

強烈な眠気と格闘しながら、進むのでした、

現在194km(残り69km)
スタートから35時間(残り16時間)
睡眠時間 合計2時間15分

(つづく)

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