なぜ、「今日はどうされましたか」から診療をはじめるのか。

〇「医者と病院をうまく使い倒す34の心得」

 けいゆう先生の「医者と病院をうまく使い倒す34の心得」を読んだ。医療者向けの「もったいない患者対応」を引き継ぐようにして患者さん側の医療を利用するにあたっての心得が紹介されている。中身は実際に外来の場面で遭遇しやすい誤解に関して相談事例を通じて医者頭の中身を紹介している。たしかに医療を利用する方法はだれからも習わない。どうやって医者に自分の症状を説明するか。医者から説明を受けたときにどのように理解すればいいのか。かなり高いコミュニケーションは患者さん側にも求められる。患者さんは、ただでさえ症状があって受診することが多いのだから、その状況で患者力が求められるなんてたまったものではない。これを読んで考えたことを自分なりに書き記したいと思う。

「今日はどうされましたか?」というセリフ(記号)がもたらすもの。

 患者さんによっては「なぜ、はじめに問診票を書く上で看護師さんに話したことをもう一度話さなければならないのか」と思うだろう。実際にさっきの説明したんだけれどと言われることもある。問診表をみれば、主訴のところに看護師が書いたメモが残されていることを分かった上で医者はこのセリフで患者さんの問診を始めている。

〇場の現実味

 ひとつめの効果は、患者さんが受診していることに気づく効果である。「今日はどうされましたか」は医者と対面した時の“いつもの”場面であると患者さんのイメージを再現させることができる。病院に来ていることを改めて実感し、医者の目の前に座っていることを気づかせる。なにを分かり切ったことをと言うのかと思われるかもしれないが、これが重要なのである。そのセリフに惹起される肌感に臨場感を感じている。いつも同じメッセージが飛ばされることは、医者と対面するとまず初めにそのセリフから始まるということが、患者さんの身体にしみこまれる。そのメッセージで始まった今現在を感じながら、これまでも同じメッセージを受けた診療室を思い出し、同じメッセージを受け取る診療室の未来を想像する。医療機関への受診という営みに連続性を感じている。いま、まさに自分は医療に触れていると感じる。

〇場の自由さ


 2つ目の効果は場の自由さがうまれることである。「今日はどうされましたか」には“なにを話してくれてもよいですよ”という姿勢を示したいという医者側の意図がある。それが実演される。この質問は医学教育の中ではひらかれた質問(オープンクエスチョン)と呼ばれる。それに対しては中盤になって「食欲はありますか」などとはい/いいえで答えることを要求する閉じられた質問(クローズドクエスチョン)が位置付けられる。とにかく、ひろく情報をとる必要があるのである。

〇場の柔らかさ

3つ目の効果は場の雰囲気を和らげる効果である。「今日はどうされましたか」にまとわれる眼差しが、診療室にやわらかい空気を生み出し、それ自体がケアであり、治療となるだろう。医者、患者の間主観性に歴史的に医療が培ってきたケアの概念が帯びてくる。いつどんな時でも自分の中にいる医者像が同じセリフを投げていることは、安らぎを与えることができる。患者さんの持つ医者像の役割を演じるモノがどんなときも、安定していることは、見ている側を癒す。

〇場の繰り返し

4つ目は、医者が患者さんの異変に気が付きやすくなる効果だ。医者にとってのルーチンと捉え方もできる。ルーチンはとても重要である。高血圧でいつも受診してくる患者さんであっても「今月はどうでしたか」という同じ質問で始める。患者さんがいつもと違う語り部をすれば、それは“いつもと違う”何かが心や身体で起こっているかもしれないという洞察をもたらし、結果として病気が見つかる可能性がある。一般的に患者さんの家族やいういつもと違うは非常に需要なサインだし、特に急性期の重要な病気を見つけるために医者が聞き逃してはいけないセリフなのだ。「今日はどうされましたか」「今月はどうですか」は家族が同席していない時にその場で医者がいつもと違いはないか確かめているのだ。

〇忘れてしまった感覚のヒントが34個にある


「今日はどうされましたか」で始まる診療には、様々な効果がある。書きながら思いついて記したことがある。同じセリフで始まる外来がもたらす効果は、まだまだあるのかもしれない・・・。実際に無意識のうちに効果は出現し、対話の中に消えていく。医療者と患者さんの対話がよりよいものになるために、これらをひとつひとつ言語化し、意識下に置くことが重要だと思う。改めて大切にしようとよりよいコミュニケーションが展開されることだろう。医療者が、あまりに医学ばかり勉強しすぎてしまったために、忘れてしまった医学の概念のない感覚。その差を埋めるためには、著書にある34の心得を“さらに深めることで”日常診療を見直していきたい。


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?