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遠くに住む息子との関係

ひとり息子のカイは現在26歳。
1年半ほど前、同棲していたマリエちゃんと結婚し
仕事の都合で少し遠くに引っ越してしまった。
わたしは仕事に追われる毎日なのでロスはない。
とにかくふたりとも健やかでいてほしいなと、ふと思い出すたびに願う程度の距離感だ。


カイの寂しい幼少期

カイは、わたしが30歳のときに生まれてきてくれた。
暴力と借金とオンナ問題にまみれた両親のもとで、つらく寂しい幼少期を過ごさせてしまった。
わたしも不安定だったから優しくできず、この時期に関してはカイに頭があがらない。

カイが小学校に上がるタイミングで離婚し、その3か月後に、おさななじみが義兄を紹介してくれた。
彼の温厚で誠実でおちゃめな性格に惚れて、ステップファミリーとしてスタートしたのはカイが小学2年生の12月だった。
夫ヨシヒロは学校行事やトラブルなど、あらゆることに全力で向き合ってくれて。それなりにいろいろありながらも概ね幸せな家族。

こうして改めて書いてみると、夫と息子にどれだけ幸せにしてもらってきたかを実感し、心が痛くなってきた(笑)

ショッピングモールで 疲れて爆睡する夫ヨシヒロ

カイのヒリヒリ迷走期

カイはどうにも扱いにくい性格で、よく言えば "個性的" な男子。
高校卒業後は漫画家になると言って、進学せず就職せず、アルバイトの毎日。

若いうちはそれも悪くないのではと、私も夫もその生活を受け入れていたのだが、ある日カイは洋服をすべて捨てて作務衣を買った。
夏の暑い日も、冬の寒い日も、作務衣で過ごし、どこへ行くのも作務衣。
成人式ですら作務衣。(成人式のは上等な作務衣を買ってあげた)
「和菓子職人ですか?」と聞かれることもあった。
変人すぎて、本当に扱いにくかった。

漫画家を目指していたとはいえ、賞にエントリーとか、持込とかの動きは一切なく、イラストに転向したのかなんなのか、とりあえず描いていたけど何してるのか不明。
親のアドバイスを聞くような性格ではなく、本人もピリピリしていた感じがあったので、当時、会話は多くなかった気がする。

それでも周りの友人達が就職をし始めた頃からはカイも正社員として採用されることを望み始め、いくつかの紆余曲折後、某企業に収まった。

3年ほど前の春の終わり頃には、毎週末、友達の家に泊まるようになり
様子がおかしいと思ったら「同棲する」宣言。
それから数日後には荷物をまとめて、あっという間にウキウキと家を出ていった。
それで初めてマリエちゃんの存在を知った。

わたしが家庭のつらさを教えてしまったから、家庭にトラウマがあるのではと心配だったが、夫ヨシヒロとマリエちゃんのお陰もあって、カイは穏やかな幸せを手に入れられた。

大人のカイと仕事をする

結婚後、webデザイナーとして転職。
おそらく独学で学び続け、なんとかプロとして仲間に入れてもらえたようだ。
好きなことに没頭しすぎるほどの性格。
好奇心の強さと根性には目頭が熱くなる。

きっと今でも必死な毎日だと思う。
私も独学でプログラミングの仕事をしてたので、楽しさと必死さで夢中になっていた時期があり、同じではないだろうが、大変だろうなとぼんやり想像したりする。

とにかく良い着地ができて良かったと思ってたら、当社のコーポレートサイトを作ってくれると連絡があった。

時間調整し、Zoomで打合せをしたが、いまいち理解できていなかったわたし。
カイは再度機会をつくってくれて、PCやデザインに強い(たぶん)夫ヨシヒロも加え、昨夜あらためて三人でオンラインミーティング。

メモも必死にとったが、カイが参考資料も送ってくれた

夫ヨシヒロは画面いっぱいに顔を写したり、謎に鼻の穴ばかり写ってしまったり、なかなかミーティングをスタートできなかった。
あいかわらず抜けててカッコ悪いお父さんで、以前のカイならイライラしただろうと思う。

だけど昨日のカイは、笑い声に「ほほえましい」の気持ちを感じた。
終始おだやかで、両親にやさしく配慮してくれて、なんて良い息子だと思った。
だれが育てたのだろうと不思議なほどだ。

投稿を書き終えるに当たり、またしてもあらためて夫ヨシヒロとカイとマリエちゃんに感謝の上、わたしの心はチクチク痛む。

これからも仕事で家族に貢献できるよう、今日も母さんは前向いてがんばります。
いつもありがとう。

夫ヨシヒロとわたし(カップヌードルミュージアムにて)

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