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50歳のノート「スタートアップ泥船航海記」



◯ dis って人を減らす

ある日エンジニアマネージャーに私のチームから「人を2人減らせ」と言われた。つい2週間前の予算組みの前は「増員したければ申請を上げてこい」と言っていたのに。
驚いて理由を聞くと「ろくな成果をあげていないから」と言う。ろくな? さらに聞くと話はループする。とにかく2人減らせの一点張りである。

私のチームは業務委託の方が5人いる。そのうち2人を減らせと言う。
ただし、減らす理由もわからないし、期待値と違うことをやっているならそれを教えて欲しいと言うと答えが出てこない。

政治ムーブアドバイザーの開発マネージャーYさんに相談すると早速情報を集めてきてくれた。
聞くと予算の区切りめを超えて業務委託のエンジニアを2名雇ってしまい予算オーバーになっているという。その帳じり合わせに私のチームの人数を減らそうとしているとのこと。

え、、そんなことある…?
目標もビジョンもないこの現場で品質のために知恵をこらして踏みとどまっていた自分のチームが帳じり合わせのために? しかもその事実を隠して「ろくな成果もない」から減らすと?
ならば価値を証明すると息巻く私にYさんがクールに言った。
「本来ならば業務委託の開発のエンジニアのパフォーマンスを見て人の入れ替えをするべき。他の業務を担当しているところから削ろうとするとその業務をどうするのかとか未来像を描いてからでないと。入れ替えのコストもかかるし。その段取りをしているように見えない」。

いや、そうなんだけど、、浮き足立つ私に「予算がありません」と言われると社員は勝てないから、と続けた。
そこから3週間、価値アピールキャンペーンのようにあちこち根を張り巡らせた。
Yさんにも連日相談させていただいたある日、Yさんはもう2人減らされるのを諦めろと言う。「予算の数字しか頭にない人たちが上にいるから価値とか言っても頭に入ってこないようだ」とのこと。さすがにYさんも暖簾に腕押しの神経戦に疲れたと言う。
crabさんは社員だからすぐにはクビにできないから最悪1人で残ったときに何ができるか考えた方が良いとのこと。

聞くと他の開発エンジニアがいるチームには要員減らしの打診が来ていないそう。
言葉にできない悔しさが残る。一生懸命やって来てきても意味ないのか…。

やがてYさんが複数担当しているチームのうちの一つにチーム解体の打診があった。
そのチームリーダーが「何をしているのかわからない」からクビにしたいという背景があるそう。けれどそのリーダーは社員である。そこに露骨にエンジニアマネージャーは圧をかけ始めたと言う。アプローチによっては労基問題になる。さらにチーム解体後のその業務の引取先の段取りを取ってないと知り、Yさんがリスクを犯してエンジニアマネージャーを懇々と説教した。解体予定のチームが解体後の段取りが取れないことで一次解体の話が流れる。
私のチームは、別のプロダクトチームでQAメンバーを入れ替えることになり(それも私が切り開いた道である。。)そこに半稼働貸し出すことでコスト削減プレイをして2人減らせのオーダーは一時停止になった。

自分たちの価値をdisってきたので価値を証明しなければと思ったが、半分はそうではなかった。
「間違えて予算オーバーした。各チームから人を減らせないか検討して欲しい」と全部のチームのリーダーに言ってくれた方がよかったのに。
開発ができるエンジニアが至上で、それ以外の間接部門はただのコストと見ているという事実が残った。

Yさんが粘り強くエンジニアマネージャーから聞き出すと、人件費だけで毎月◯億が溶けていると言う。
しかも一年前に資金調達した二桁の億がもう無いとのこと。え、、次に資金調達しなければ一年以内に沈む船だった。資金調達したとしても毎月◯億の人件費が減らない限りカウントダウンの終わりが見えてしまう。
人件費だけで◯億? と驚く私にYさんは全然ありますよ、と言う。
組織の形を考えないで通称「札束で殴る採用」をして人の人数だけ増やし、プロダクトの数をどんどん増やす。けれど収益化できない。
普通に経営の失敗ですよ、とYさんは淡々と言った。

◯ この船沈没します

ある日、会社の全社発表で社長より、今の資金ではあと一年以内という発表があった。
(毎月の人件費が◯億かかっていることは明かされなかった)
けれど、来年は他のプロダクト◯◯億受注をめざします! と話が続く。素人の自分から見ても絵に描いた餅だ。
何より、そのちんまりした機能が無くてもお客様の業務が回っているのに、そこにお客様がその額のお金を出す理由が無い。そもそもお客様の業界は資金潤沢な業界ではないのだ。

◯ スタートアップの94%は沈没

スタートアップ企業の10年後の生存率は6.3%だという。つまり約94%は沈没する。
この会社はもうすぐ8年になる。
え、まさかの、、自分が乗った船が沈没するということなのか。
会社が潰れる経験をしたことがなく、さらに浮き足立つ私にYさんは全然経験ありますよ、と明るい声で続けた。
会社が潰れた経験があるが、ここまで資金を溶かすスピードが速いとは想定していなかったそう。
通常三年もつような資金が一年で無くなっている。
経営レイヤーのことなんてとんと想像がつかない。想像力でニューロンを伸ばしてみてもよくわからない。自分がゾウリムシに思えた。

◯  船を降りない面々

会社が会社を辞めても今後上場したら株の権利の一部を持っていってもいい、と発表した。
早期退職を促す気配を出し始めたということだ。
けれど不思議なことに誰も辞めていかない。

何故誰も辞めていかないんだろう? とYさんに聞くと「今辞める理由がない」とのこと。
会社が「札束で殴って」集めたブランド企業出身の人たち(一番ギャラが高い)は実は「iモード族」だ。
「iモード族」とは巨大プロジェクトのいち構成員だったがスタートアップのようなベースが無いところで何もできない人の通称である。
本当は何もできないのに期待値でギャラを釣り上げて入社してきた人たちである。
それが転職市場に出ると「その前職のギャラの分何ができますか?」という厳しい査定の目で見られる。当然できないので苦しい転職活動になる。なので、この泥船が沈むまでできるだけ時間を引き伸ばせば伸ばすほどギャラが高いままラクできるのだ。

そう、この会社は「評論家」になってしまえばそのムーブで仕事しているというアピールになりラクできる。結果を誰も見ていないし、組織をどう持っていくとかプロダクトをどう成長させるとかは誰も考えていない。頭が数が多いiモード族が評論し合い、牽制し合って「仕事をしているふり」がうまければ上位に上がる。
当然中身を伴わないので事態が地滑りしていく。
私や一部の人がラクしたり中身がない状態に耐えられずに地べたを這いずり回っているのだ。

Yさんは「自分も船が沈むギリギリまで乗っていることにする」という。
この会社は結果を求められないからラクですもん、だそう。
ラク至上主義のように言うYさんは尋常では無いくらい地べた族の私に時間をつかい、サバイバルの戦術を教えている。
全然ラクしてないですやん、と言うと「もっとシビアな仕事の世界」の話をしてくれた。
ムカデ風情の自分はまったく想像の外の世界の話で相づちを打つことしかできなかったが、自分はこれまで守られるレイヤーにいたんだなと感じた。

◯ 焦っているのは自分だけ

この数ヶ月が過密すぎて混迷している。
自分が何に翻弄されていたのか時系列で考えてみた。

①プロダクト品質が悪いと突如やり玉に上がる
② 自分のチームを減らせと言われる
③ 会社が資金ショート予告

①、②は自分がやってきたことの価値が脅かされた(相手にとって存在しなかった)と感じた。
③ はもはや自分と関係ない。自分が引き起こすレベルじゃない。
価値と関係ないのだ。
けれど、③ に違和感がある。
何故他の人は焦らないのに自分は焦るのだろう? と考えるとふと思いだ当たる。
年齢だ。 
他の人が30代40代の転職だとしたら沈みゆく泥船で1、2年を溶かしても別に良いだろう。むしろ何もしなくても市場よりお高いギャラならばなおさらだ。

けれど自分は、、いま船が沈んだとしても五十代の転職になる。1、2年を溶かしたらさらに年齢が加算されるのだ。
札束で殴るギャラではなく市場価格なので少しはマシだけれども、こんな年齢の自分、という評価にさらされる。
他の人たちとは事情が違っていたのだ。
この会社で長く働いて羽を休めつつ、副業で違う職種でも掘り起こして稼ぐ道を見つけてようとしていたが、それどころではなくなった。

私の占いはどの手法でも「好きなことをしてお金に困らない人生」と出るが、50歳を超えた今でも全然そんなことになってない。

それは泥船のせいではなかった。
気づくと船が航海しているのは氷河の海になっていた。
氷の海に降りることが怖かったのだ。
(他の人は南国のビーチに接岸かもしれない)
タイタニック号のように船が真っ二つになって沈むのは全員に訪れる運命かもしれない。
けれど降りた後の状況が人により異なるのだ。

映画「タイタニック」のローズは氷河の海からサバイバルして自分の人生を生き切った。
さて私はどうする?
白い息を吐きながら暗い海を覗きこんでいる。
氷山に向かう船のきしむ音を聞きながら。

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