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天才の悲哀と喜びに共振する、ゴッホアラブ

こんばんは、クラフトビア子です。
週末に、東京では3月末での開催となるゴッホアライブに行ってきました。

ゴッホアライブとは、かの有名なゴッホの作品を、映像・音楽・香りといった多様なメディアで鑑賞する、新しいスタイルの美術イベントです。

没入感のある展示が話題となり、世界の100都市以上で開催されています。

東京での展示がもうすぐ終了するからか、ビア子が観に行った日も大盛況でした。

そんなゴッホアライブで感じたことを、今夜は書きたいと思います。

オランダからパリ、アルルへ。南下するほどに明るくなる画風と苦悩

ゴッホといえば、ひまわりや夜のカフェ、自画像。そのくらいの知識しかなかったビア子は、最初の頃の作品が暗いのにまず驚きました。

そもそもゴッホはオランダ人。レンブラントのような暗い画面がスタンダードだったオランダを出て、パリで暮らすようになると、作品の色彩が驚くほど明るくなります。

パリの光あふれる空気、やさしい色合いに満ちた街並み。洗練されていながら、淡く統一感ある色彩。パリで色彩に目覚めたゴッホは、南仏のアルルへと移り、傑作をつぎつぎと生み出します。

療養院を経て精神の苦悩が深まる中で描かれた、明るいけれどもどこか虚ろな最晩年の作品。

ゴッホが不遇の芸術家であったことは知っているけれど、その作風の驚くべき変化・変遷に衝撃を受けました。

南仏が明るい太陽に満ちた、楽園のような場所であればあるほど、その色彩とは裏腹にゴッホは孤独を深めていったようです。

最晩年の『カラスのいる麦畑』の空虚さ。

美しい田園風景を描いているはずなのに、その美しさを楽しむ心はなくて、不穏で虚ろな製作者の心がそのまま投影された絵が何枚もありました。

自殺によって、30代で亡くなったゴッホ。

10年にわたって大量の作品を残したゴッホの死は、自らの内部の調和が保たれなかったことによる必然だったのかもしれません。

音楽と香りと。没入して味わうゴッホの世界


それにしてもゴッホアライブは、見る人の感覚を揺さぶり、情動を動かす展示でした。

ストーリーある映像とともに流れるのは、ゴッホと同時代に生きた作曲家を中心に拠りすぐられた、クラシック音楽たち。

会場内に漂う香りに設計もまた、すばらしかったです。ゴッホの悲哀と、愉悦。それがどちらも入っている香りでした。

ゴッホが生きた時代のあとに、世界には大きな戦争の時代がやってきて、一度平和になったように思えたけれど、戦争はあちこちで続いています。

進むようで歴史は廻る。進化していそうで、実は進化しない。

ゴッホの震えるような苦悩と、生み出された圧倒的な色彩表現から、現代に生きる私たちもまた、彼の圧倒的な不安と感動に共振しています。

さて、ここから共振した私たちはどこかへ向かうのか。立ち尽くすのか。

不安や絶望と喜びに満ちた景色を見に、ビア子は歩みを速めていきたいなと思います。

自分自身の目指す方向に向かっているか、メメント・モリであるか――。

ゴッホの魅力は、そんな点検を、その作品に触れるたびにできることなのかもしれません。

それではまた。





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