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かすみ草とステラ舞台「誰よりも、高く飛べ!」観劇レビュー

「誰よりも、高く飛べ!」はアイドルグループ「かすみ草とステラ」による初の舞台公演。「学校生活と甘酸っぱい青春」をコンセプトに活動している同グループ。この舞台はそんなコンセプトそのままに、客演を招かずに10代後半から20代前半のメンバー11人だけで描く、女子高校生のスポーツ群像劇だ。

出典:かすみ草とステラ公式X

舞台へのお誘い(ネタバレなし)

まずは、これから観劇を考えてる方のために、公演についての情報を。

舞台が行われるのは東日本橋にあるA-Garageという小劇場。ここは劇場としてはかなり異端で、ほとんどの席にテーブル(大学の教室のような固定式の長机)があり、上演中も含めて飲食が自由になっています。しかもアルコールOK、ポップコーンが無料食べ放題。何なら居酒屋感覚で通えてしまいますね!

A-Garageの客席

キャパ50ほどの客席は独立した背もたれ付きの椅子席で、すべての列に段差があり、どの席からもしっかりと舞台の全景を見ることができます。これまで数多の小劇場で劣悪なベンチシートやら桟敷席やらを経験してきた身からすれば、この劇場は天国です。雑居ビルの地下で、トイレも劇場内になかったりはするけど、舞台が始まっちゃえばそんなのは気になりません。

普段はアイドルグループとして活動する可愛らしくも個性豊かな11人のメンバー達が、舞台で緊張と闘い、感情をあらわにして息づく姿を、至近距離で好きなだけ眺めることができるのです。それだけでも4000円の価値は十分にあると思いませんか?

そして舞台はといえば、この後のレビューに書くように素晴らしい内容なのですが、それに加えて終演後のミニライブも用意されています。曲数は少ないけれど、長めのMC含めて上演回ごとに変わるスペシャルな内容で、リピーターには嬉しい限りです。

演劇はちょっとなあ、作りごとでしょ?と感じる方もいるかもしれません。でも舞台を何度か観てみて、役柄という縛りがあり、自分ではない人格を纏うからこそ、初めて生き生きと表出される感情というものもあるんじゃないか、そんな気がしています。

例えばいつも温厚な子が、劇中で感情を剥き出しに対立して号泣するシーン。それは設定としてはフィクションだけれど、その子の中に秘められたもう1人の自分、もう1つの感情が、設定の力を借りて噴出しているのかもしれません。

それは、日々の「リアル」なアイドル活動では決して見ることのできない、もうひとつの「リアル」だったりするのではないでしょうか。

舞台レビュー(ネタバレあり)

さて、ここから先は文体も変えて、舞台の中身のお話。演じられるのは、かつての強豪校、今は弱小となった彩霞高校のバスケットボール部の2年生と1年生。ただでさえ弱いのに3年生の引退で部員の士気は下がり、目標もなく気持ちはバラバラ、部の存続も危うい状況だ。

そんなバスケ部を演じる現実の「かすみ草とステラ」、こちらも春に2期生を迎え、先輩6人と後輩5人の11人体制になったばかり、まだパワーバランスの定まらぬ不安定な状況。この合わせ鏡の構造が、舞台に独特の緊張感とリアリティを与えることとなる。

例えば1年生の江本加奈(川菜光)は2年生の大門杏子(鈴森はるな)に心酔し行動を共にしている。原田海香(本田香澄)は1年にしてポイントゲッター、不遜な態度で2年生を脅かす存在だ。2年生で副キャプテンの坂東景(有岡ちひろ)は部活での自分の役割に悩みながら、キャプテンの秋山こころ(小柴美羽)に淡い恋心を抱く。そんな秋山は皆に愛されたいと願いながら、八方美人な自分に悩んでいる。

もちろんそれぞれがそのまま「かすみ草とステラ」の人間関係に当てはまるわけではない。キャラクターも違う。それでもあえて先輩後輩という構造を現実にピタリと一致させた配役のせいで、似たようなことが現実にもあるのではないかと、観客は想像を巡らせざるを得ない。バスケ部に形を変えた「かすみ草とステラ」のアナザーワールドが、舞台上で展開するのだ。

舞台上のストーリーを引っ張るのは、ボーイッシュな風貌で独特の個性を放つ比賀ハル演じる城嶋アリスだ。亡き父との約束を果たすべく、バスケに並々ならぬ情熱を燃やすが、不器用さゆえに周囲との軋轢が絶えないアリス。

前の学校でトラブルを起こしたアリスが招かれざる転校生としてやってきたことで、モチベの異なるメンバー達がギリギリの均衡を保ってきた彩霞高校バスケ部のジェンガは、音を立てて崩れ始める。

舞台の前半のハイライトは、比賀演じるアリスがやる気のない部員や顧問の教師を舌鋒鋭くバッタバッタと切り捨てるシーンだろう。不甲斐ない2年生達を次々に正論で批判して黙らせるアリス。それに乗じて1年生の原田海香(本田香澄)や飯倉一花(高実心花)が日頃溜まった部活への文句を言い出すと、アリスは返す刀でその覚悟なき文句をも切り捨てて行く。

繰り返しになるがこの舞台は、構造的には現実の「かすみ草とステラ」と合わせ鏡なのだ。「先輩に実力がない」「八方美人でリーダーシップに欠ける」「センスがない」「グループの戦略が不満だ」「やる気のない奴は去れ」等々、舞台上でバスケ部の話として語られた不満は、一般論からすればアイドルグループにそのまま当てはまるものだ。そう考えると、これ、めちゃくちゃ攻めてるよね。

しかもその切り捨て役を担うのは「アリス」だ。アリスという名は、かすみ草とステラのファンからすればお馴染みの楽曲、「アリス」から取られたものだろう。ルイス・キャロルの「鏡の中のアリス」をモチーフに、理想の自分との葛藤を歌った激しくも内省的な楽曲。自分の中にいる、もう1人の自分。なりたい自分と、なれない自分。

アリスに破壊され瓦解するかに見えた彩霞高バスケ部だが、その焼け跡から幾つかの希望の芽が育ちはじめる。ひとつは部員達が好きだというキャプテンと、そんなキャプテンのことが好きな副キャプテン。名作「櫻の園」を引き合いに出すまでもなく、女子高生の部活が舞台となれば百合は花形、とはいえここはサラリと。

そしてもうひとつの芽が、真っ直ぐなアリスに触発されて昔の情熱を思い出した、顧問の財前若葉(渡辺萌菜)先生。舞台上ではアリスを含めた4人の愚直なフィジカルトレーニングが描かれていく。展開は急にスポ根なのだ。

僕がいいなと思ったのは、この愚直なスポ根のシーン。ただ走り、また走り、ジャンプして走り、高速足踏みをしてまた走る。メンバーが足りず、試合に出られる見通しもないのに。チームの団結力を高めるのは、目標も言葉も大事だけれど、何よりもそんな報われない苦労を共にすることだろう。

走る3人の姿を見て、僕は想像する。現実の「かすみ草とステラ」のメンバー達の、日々のレッスン。ヘトヘトになるまでのダンスの繰り返し。1期生のレッスンを見つめる2期生の姿。それが舞台上で走り込む3人を遠巻きに見守る一年生達、原田海香(本田香澄)や飯倉一花(高実心花)、古橋乙羽(石間美咲)、後藤絵梨(福井ひより)の姿に重なっていく。

最初に動いたのは乙羽と絵梨だ。この2人は中身のなさそうなステレオタイプなJKとして描かれるのだけれど、顧問の財前先生の「なんとなくでもいい」という言葉に救われ、結果としてバスケ部の窮地を救うことになる。アリスの熱さに置いてけぼりの観客を物語に吸収する、これはこれで重要な役回りだ。

そして圧巻なのが、自分は他にどんなスポーツでもできるからと退部届を突き付ける原田海香(本田香澄)に対し、坂東景(有岡ちひろ)が「そんなことだから何をやっても70点止まりなんだ」と胸ぐら掴む勢いで迫るシーン。リアルでも役柄でも大人しそうな坂東/有岡が、ギアチェンジしての迫真の演技。僕が見た幾つかの回では、原田/本田が感極まって泣き出すこともあった。

このあたりになると、もはや役柄なのか本人なのかは曖昧になり、「かすみ草とステラ」のファンとしては、有岡ちひろのクラブチッタのワンマンライブでの告白とか、本田香澄のSHOWROOMでの涙とか、いろんなものを舞台に勝手に持ち込んで重ねて見てしまう。「一緒に見つけよう」という顧問の財前先生の優しさと、いつも仲間を思いやる渡辺萌菜の優しさの区別は、僕にはもうわからない。

怪我で心に傷を負った近川久美を演じる吉川美紅にしたってそうだ。例えば彼女が一時期「かすみ草とステラ」の活動を休んでいたことも、活動の中で心に傷を負うことがあったことも、僕らは知ってしまっている。それは舞台の役柄とは何も関係がないことだけれど、それでも舞台で泣き叫ぶ近川久美の声は、涙は、それはまぎれもなく吉川美紅の身体から出たものだろう。

そして物語は大門杏子(鈴森はるな)と江本加奈(川菜光)、秋山こころ(小柴美羽)によるこれまた見応えのある立ち回りを経て、部員全員で大会を目指すラストシーンへと向かう。

この物語の柱を成すのがメンバーの精神的成長だとすれば、サイドコンセプトは、チームワークと個人プレーの相剋だろう。グループアイドルにとって宿命ともいえるこのテーマ。アリスを襲った悲劇、アリスの父と財前先生の逸話、「誰よりも高く飛べ」というタイトルに秘められた本当の意味。すべてはそこに繋がり、ストーリーは大団円を迎えてゆく。

ただ1時間という上演時間の中では、この部分はどうしても描写不足で終わってしまった感はある。もし続編があるならこの部分をもっと見てみたいと感じた。

最後に役者の感想。まず大前提として、アイドルとしてのハードスケジュール、学業との両立などをこなしながら、短期間にこれだけのクオリティに仕上げてきたメンバーの頑張りに拍手を送りたい。僕が見たのはこの原稿を書いている時点で、3日目の昼夜と4日目の昼なのだが、セリフに感情も乗って、本当に期待以上の出来だった。

中でも出色だったのは、副キャプテンの坂東景を演じた有岡ちひろだろう。彼女がXに毎日記している「#坂東景日記」の3日目には、

喜怒哀楽が少ない、普通の会話・相槌の場面こそ集中して丁寧に意識する!

有岡ちひろ X (2023/10/7)より

とある。まさにこれで、「受け」を得意とする彼女の良さ、リアクションの的確さが、主役級の4人の演技を支える縁の下の力持ちになっていたと思う。そして自分の見せ場での一転して鬼気迫る演技については、すでに触れた通り。強かな目力と刃のような激しい言葉で迫りながらも「私もそうだから」と寄り添う、その情熱と内省のバランスは、有岡だからこそのリアリティがあったように思う。

その有岡の熱演を受ける立場となった本田香澄(原田海香役)は、本人が

私の演じる"原田海香"は正直、みんなの前で演じるには勇気のいる役です。皆にどう思われるのか怖いけど、声のトーンとかセリフがない時の表情だったりこの物語での"原田海香"にもっとなりきりたい。

本田香澄 X (2023/10/7)より

と語ったように、冷めた自信家という難しい役回り。「もしかして香澄ちゃんって裏ではイヤな女なの?」と思わせるくらいのリアルな演技、そして心の堤防が決壊する瞬間の号泣パワー、この子のポテンシャルは凄いなと感じさせられた。

主役クラスとなる城嶋アリス役の比賀ハル、秋山こころ役の小柴美羽は終始安定した演技で舞台を支えていたし、2期生の川菜光、高実心花はそれぞれにコメディエンヌとしての才能を示した。ここでは名前を挙げられなかったメンバー達も含めて、日頃活動を共にするアイドルグループならではのチームワークの良さがあったと思う。

もともとワンマンライブで演劇的なコンセプトを得意とする「かすみ草とステラ」が、この舞台の経験を活かしてますます「高く飛ぶ」のは、どうやら間違いなさそうだ。

10月5日(木)〜10月15日(日)
舞台「誰よりも、高く飛べ!」
東日本橋・A-Garage
【役名と出演者】坂東景(有岡ちひろ)秋山こころ(小柴美羽)大門杏子(鈴森はるな)城嶋アリス(比賀ハル)近川久美(吉川美紅)財前若葉(渡辺萌菜)古橋乙羽(石間美咲)江本加奈(川菜光)飯倉一花(高実心花)後藤絵梨(福井ひより)原田海香(本田香澄)

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