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Big-O

20年近く前のことである。
僕はB-BOYとほど遠いオタクであり、その日も友達の家でアニメを観ていた。
「よせあつめブルース」と名付けられたその回は『カウボーイビバップ』というアニメにとっての鬼子であり、当時『録画済みのVHSでしか手に入らない伝説』の一つだった。この共有の時代にあってビデオファイルに姿を変えても状況はあまり変わっていない。

テレビ局と作品スタッフが揉めた結果できあがった『質の悪い総集編』で終わるはずだったのだ。しかしこの作品の胆力が、タフさがそれを許さなかった。

役者達の怒りを抑えた演技。サンプリングと呼ぶにも荒っぽくつなぎ合わされた映像たち。おもむろに流れるラップ。

シャカゾンビ「空を取り戻した日」である。

「よせあつめブルース」に於いてこの曲が流れたのは、監督の怒りから来るものだったという。オオスミの、その青い炎みたいなポエトリーは、監督によるレベルの表明としてうってつけのものだっただろう。

オオスミことBig-Oのこと。僕にとってヒップホップという文化はいつまでも仲良くなりきれないバイト先の先輩みたいな存在だった。今もそれは変わらない。

しかし詩を書いて、誰に聴かせるでもなく読んで、音楽に溺れ、読書に絡め取られていく中で、ふと気がつくとそこにシャカゾンビの音楽があり、オオスミの声がした。

「ヒップホップ?聴かなくもないけど……」という距離感は番組『フリースタイルダンジョン』によって消滅した。僕の周りがほぼ全て、一気にヒップホップのリスナーとなり、それは僕も例外ではなかった。間に合わなかったD.L.の死を今更ながらに悼み、ブッダのフレーズについて言葉を交わす僕はジャンルプロパーからしたら滑稽であり、もしかしたら許せないものだったかもしれない。

ヒップホップと和解したとは思えない。しかし、和解も何も、僕があのとき触れた「空を取り戻した日」とシャカゾンビというグループはずっと僕と共にあったのだ。

周回遅れの僕はTHA BLUE HERBを知り、B.I.G. JOEを教わり、Mic Jack Productionに夢中になっていった。
それでもずっと、一番好きなヒップホップはシャカゾンビだと言い続けた。

いつまでも返しきれないような恩を勝手に感じたまま、僕は生き続ける。やっぱ太ってると人生短えのかなあ、とか焦りつつ。
だからまだちょっと、そっちまで飛ぶことはできないけど。
彼の言葉を、歌を、胸にもう一度しまいつつ、もうすぐ36歳になる。

Big-Oがホトケになるなんて、そんな、だから日本のヒップホップはダジャレだなんて言われんねんで。
まだまだそのデザイナーズブランドの法衣で説法が聴きたかった。若いと思うけど、生き返れとまでは言わないよ。おやすみ、ミスター・ジェントルメン。
僕にヒップホップをありがとう。

投げ銭してくれると小躍りしてコンビニにコーヒーを飲みに行きます。