見出し画像

忘れられない失敗のこと


ここまで、それなりに長く生きてきました。

生来の粗忽から、
失敗して、反省しての繰り返しを経て、今の自分に繋がっています。
殊に仕事にまつわる失敗は、忘れられないものが少なくありません。

読んでくださる方には何らかかわりのない話になるかもしれませんが、仕事での反省や学びと同様のことを、日々生きる上でも感じることが多くあります。
私のお恥ずかしい思い出話の数々も、もしかしたら反面教師としてどなたかの何らかの役に立つかもと、いくつか書かせてもらうことにしました。

(お遣いさえできなかった)→助手の頃

まだまだ駆け出しでほんのお手伝いしかできなかった頃。
アフタヌーンティー用の小菓子を探して買ってくる必要がありました。
同じ種類の小菓子を複数並べたかった師匠の意を酌むことができず、一つ一つ違う種類の詰め合わせを見つけて自信満々で買った結果、ただの一つも使い物にならなかったことが。
無駄な買い物でがっかりさせた自分を、ひどく情けなく思いました。

その後独立し、花やパンなどの添え物の買い物を助手さんに頼むことも増え、全く思いもしなかったものを買ってこられることがあると、当時のこの思い出が浮かびます。
「わかったつもりにならずに、理解できるまで何度も聞くように」と諭しながら、師匠をこんな気持ちにさせていたのか、と申し訳なく感じてしまいます。

(焼き蛤)→助手の頃

ひとりで現場に赴き始めたころの、いまだに思い出すと胸がチクリとする失敗です。
カンカンに赤く炭をおこし、蛤を焼く動画を撮影していました。
普通に焼くと熱さで下の貝柱が外れて身は上側につくので、頃合いの良いところで上下を返すとよいのですが、動かさずにそのままの状態で、殻が良い向きでぱかっと開いたら身が下にある、という画を撮るという過程で時間がかかり、スタッフの皆さんを大変お待たせする結果に。

独立した後、さっと加熱して殻をあけ、身と、ゼラチンを溶かして冷やし固めたたスープを殻に詰め、輪ゴムで固定しておくとうまく行くと気づき、準備不足を大いに反省しました。

何十年たっても、この程度の準備で現場に臨んだ記憶は頭にこびりついてはがれず、今も考えつく限りの準備をすべき、という戒めになってくれています。

(空気を読む、読まない)→独立後

助手の頃に、空気を読めずに失言をしてお叱りを受けたこともありましたが、読みすぎて、プロとしてあり得ない失敗をしたという点で、心にずっと残っていることがあります。

ある芸能人の方の料理の連載を担当していたことがありました。
料理の得意な方で作り方ののみ込みも早く、流れで完成まで仕上がることも。
現場の空気の流れもとても良かったため、そのままそれを断ち切ってお待たせして、一から作り直すのを申し訳なく思って撮影に進んでしまったことがあり、
結果、その料理の写真の仕上がりには悔いが残ったのでした。

その後は、どんな状況でもお待ちいただいて手直しを加えるようにしています。

(事故と交通違反)→独立後

独立してからは、あまりの荷物の多さに腕を痛めたり、まだ子供が小さくて夜間両親に預ける必要もあって、毎日運転する日々が始まりました。

仕事場と家と実家と保育園や学童クラブをひたすら行き来する、時間に余裕のない毎日。
急いでいたり、ゆとりがないとたちまち本来の粗忽な部分がのぞくものです。
一方通行違反、一時停止違反、駐車違反など、免許更新のたびに何かやらかしてしまい、ゴールド免許は夢のまた夢でした。
車中で鳴った携帯電話にうっかり出たところを見かけた警察官が、走って追いかけてきたことも。

違反よりも忘れられないのは、やはり事故です。
毎日乗っていると、向こうからぶつけられることも何度かありましたが、こちらからぶつけたことがあります。
忘れもしない、大雨の日でした。
徹夜明けの仕事終わりで借りた器を返しに行く途中、信号待ちをしていて、一瞬うとうとしたのでしょうね。
濡れた靴底がブレーキペダルからするっと滑り、そのままコツーンと前の車に接触して、はじめての事故加害者に。
ぶつかった車の後部のベンツAMGという文字を見ながら、保険の書類を探そうとコンソールボックスをまさぐる手がぶるぶると震えていたのを思い出します。

器に布類に調理道具、時にテーブルなど、多くの荷物を運んでくれ、ひとりで様々な考え事もでき、今も仕事にはなくてはならない頼れる存在の車ですが、慌てず焦らず。
いつも心にゆとりを持って乗るべき、と今も心に刻んでいます。

(翌日に持ち越せない癖)→独立後   

どんな仕事にも言えると思いますが、自分なりに納得のいく準備が整っているからこそ、すっきりとした心持ちで仕事に向かえると思っています。
そう言うと聞こえは良いのですが、そのこだわりが実は助手の頃から異常に強く、今日できることは日
をまたいでもきっちり終えておかないと気が済まず、眠れないこともあるのです。
きっと度を越えた小心者なのでしょう。
そんな私と違い、明日でも間に合うことは明日で良い、という考えの人も確かにいらっしゃいます。
一緒に仕事を手伝ってくれていた当時の後輩のひとりがそうでした。
プライベートなら、そのこだわりを飲み込んでもさほどもやもやすることはないのですが、仕事の準備となると、現場で後悔したくないばかりに、どうしても自分の尺度を押し通しがち。
周りを巻き込んで疲れさせてしまい、すべてを終えたあとハッと気づいては、謝ることもしばしばでした。

納得いく準備ができれば仕事を楽しむことができる小心者なりのこだわりは大切に。
でも周りを巻き込まないかたちで。
そう日々自分に言い聞かせています。

(仕入れの失敗)→独立後

撮影ではないのですが、教室の仕事でしめ鯖を皆さんに作ってもらうということで、会場近くの魚屋さんに真鯖を十尾ほどお願いしたことがありました。
何も連絡がなかったので、安心して当日取りに行くと、
「今日は真鯖が不漁だったから胡麻鯖にしました〜」
と笑顔で言われ、愕然としたことがあります。
似ているようですが胡麻鯖は身が柔く、初めてさばく人には真鯖のほうがずっと扱い易いのです。

その後慌てて真鯖をかき集めにはしりました。
結果的に、両方をさばき比べてもらうことができたのは良かったかもしれませんが、やはり緻密な意思疎通ができていないとこういうことが起きるのだ、とその時痛感したのでした。

魚に限らず、例えば調味料や乾物にしても、試作で用いた商品と違うメーカーだったりするだけで、微妙に仕上がりの味わいが変わる可能性をはらんでいます。
善意で力を貸してくださっても、こういうこともあり得ると思うにつれ、この仕事への理解の深い、いつもの食材店さんたちの有難さが心に沁みました。

同時に、変更を連絡してくれない場合に備え、悲しいかな、必要以上に疑り深くなり、買い出しを人任せにできないだけにとどまらず、お店にしつこく確認に赴くのが習い性になってしまいました。


駆け出しは駆け出しなりの失敗、慣れたころの気の緩みから来る失敗、さまざまに起き、その都度へこみますが、
ここで大事にしなければならないと感じるのが、失敗は失敗として、他人と比べて自分自身をだめだとあきらめないこと、だと思うのです。
二度としたくない失敗の数々は、思い切り反省してからも携え続けるけれど、あえて横に置くことにしています。

◦そして今も…
長く仕事をやってきて、偉そうにベテラン風情で仕事をこなしていますが、どうやら粗忽は生涯治りそうになく、ひやっとすることは今も時折起きています。
有難いことに、そんな時いつもそれをそっとわかってさりげなくカバーしてくれる、大事な仲間に恵まれたと感じています。
好きな味や、素敵と思う器は微妙に違う部分がありつつも、食への執着の強さがここまで似ている人に会ったことがありません。

もたれすぎず、頼りすぎず、感謝を忘れずにと自分に言い聞かせながら、
できるだけ長く、ともに美味しいものを追いかけながら並んで歩いて行けたら、と願っています。



#note  #料理 #私の仕事 #失敗 #焼き蛤 #胡麻鯖

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?