Matthew

自己開示の半歩目。

Matthew

自己開示の半歩目。

最近の記事

感情や考えがある程度まとまった時点で言語化して残しておかないと、回り回って戻ってきた時に同じことで悩んじゃうので、日記を少しでもいいから大切に綴りたいと思う。

    • 変われる、と思ってた。

      成長スパンってどれくらい? 自分の成長を実感できるのは、どれくらいの努力と期間を有するのだろうか。そのタイミングっていつなのだろう。そんなことを最近思う。 特に精神的な要素に関する成長は、語学力や資格のような定量的な数値がないので概ね自己認識に依存すると思っている。精神的自立とか、他者への依存気質の解消とか、そんなことを目指してきたつもりだった。その結果、変われていない自分がいることを、常々認識せざるを得ない。もちろん数日、数週間のような短期的にうまくいっていた期間もある。

      • Harbinger of Own Happiness

        怒涛の11月 小見出し通り、怒涛の11月を過ごしておりました。 早朝の命を削りながら小銭稼ぎのアルバイト、相変わらず嫌になるくらいのリーディングと課題。 そしてボスキャリ。 カレンダーを見返すとオンライン面接がスケジュールのなかで存在感を放っている。日本との時差でなんとか夕方ごろに説明会や面談・面接をスケジューリングしていたが、深夜のグループディスカッションや夜中2時からの最終面接も経験し、就活にリソースをオールインした11月だった。 早くから自己分析を始めたり、企業訪

        • 同じ24時間なのに、今までどうやって時間を消費していたのか分からなくなっている。

        感情や考えがある程度まとまった時点で言語化して残しておかないと、回り回って戻ってきた時に同じことで悩んじゃうので、日記を少しでもいいから大切に綴りたいと思う。

          Moratorium

          結構Noteを描きたくなる時は自分の心が沈んでいる時で、言語化することで一時の安心感を得ようとしている。と自分なりに認識している。 しかしながら今回はそうではない、多分。別に将来に絶望してないし、やり場を失った感情を抱えているわけでもない。そして別に特筆して綴りたいこともない。 ただ綴りたいという感情に任せて膝上のキーボードを叩いている。タイトルも入れていないので、最後になんてこの文章に名前を授けるのか、楽しみである。 近況報告 最近はというと、命を削りながらバイトをし

          "線"で旅すること。

          父からの教え あなたは旅行をする時、どのような交通手段を好みますか? 高校を卒業する際に、父親から旅行に関して2点伝えられたことがある。 旅行先では、時間を見つけて美術館へ行きなさい。そこでしか出会えない作品があるから。 線で旅行をしなさい。位置関係、距離感、規模感がわかるようになるから。 1つ目の教えは、今の僕の興味の基礎を築いてくれたと思う。Art HistoryのクラスでGPA4.0を4.0を収めることができたのは、この言葉をきっかけにArt Historyの

          "線"で旅すること。

          孤独を惧れて、自立を。

          時差ボケの影響か、まだ夜の23時だというのに。 2023年上半期を端的に表現すると、孤独に恐怖を抱き、憂い、自立しようとして溺れた時間だった。 高校留学の無力で何もできないところからなんとか積み重ねて生き抜いたあの時の感覚とも、素朴ながらにも彩度のあった短大で過ごした時間とも、異なった毛色の時間だった。異質な霧中で泥濘に足を取られて、歩みを止めたら沈んでしまいそうだった。ありもしない正解を探して「考えすぎ」と言われ続けた半年間は、救いと正解を求め続けた時間の裏付けなのかもし

          孤独を惧れて、自立を。

          独立宣言

          隣の芝は青く、時に鋭く眩しい 「隣の芝は青く見える」と誰もが言われたことがあるだろう。ソーシャルメディアが普及した現代社会で、他人の芝を垣間見る機会は無数に存在している。当の私も何かあればInstagramにストーリーを載せ、綺麗に撮れた写真たちは投稿として世界に私生活を露出させている。側から見れば、きっとキラキラした留学生活のように写っているのかもしれない。実際のところ、山あり谷あり、谷多めの生活の、ほんの上澄みを掬っただけなのに。それはきっと他の人も同じで、各々の悩みや

          独立宣言

          弓を持るということ

          はじまりはじまり。 一定の熱量を持って弓道を生涯競技にしようと志すとは、親友を迎えに初めて弓道場に足を踏み入れた自分は想像もしていなかっただろう。中学校時代は野球に励み、自分の才能のなさを薄々感じながらも楽しく活動していた。高校では新しいことを始めたくて、テニスやバドミントンに手を出した。実際、高校入学前には近隣の高校のバドミントン部に体験入部に訪れたり、入学してからもバドミントン部の練習を見学しに体育館に足を運んでいた。 部活動見学の初日だったかな、親友と一緒に帰るため

          弓を持るということ

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          夏至、日の出。 早朝4時46分、思し召しのような淡い感情を胸に目を覚ました。夢に見たあの景色への未練を少し残しつつ、確かな境界線を噛み締めながらタイムリミットである5時10分に急かされて、引っ越したばかりのアパートを飛び出した。 クローゼットから適当に取り出した服と、寝癖を隠すための帽子、洗濯してやっと乾いたランニングシューズは、最近朝型になった僕に対して従順だった。 もう既に空は憂いを忘れたような淡い色に包まれていた。もうすぐお役御免の街灯が走り出す背中を押してくれた

          表現者でいること

          卒業文集で綴った「新聞記者」という夢 12歳の子供が考える将来の夢なんて、社会の何も知らない表面的な夢なのかもしれない。23歳になろうとしている自分でさえ、自分の夢はなんなのかわからずにいるのだから。 僕は小学校6年生の卒業文集に「将来はプロ野球選手になりたい」と綴った。なんて安直で、可愛らしい夢なんだろうか。2009年のWBC決勝、イチローがセンター前の決勝打を放った熱狂を忘れないうちに、中継が終わった途端に外へ飛び出し、素振りをしたことを覚えている。そんな少年だった。

          表現者でいること

          この春のこと、迷走の時期

          ここ数ヶ月、自分という存在に対して不安定さを感じていた。桜が咲き始めた頃から、自分という存在に自信を持てなかった。今思い返せば、あの時は自分の人生の中でトップ2に入るどん底の時期だったと思う。よく耐えたと自分を褒めてあげたい、それくらい精一杯に自分を模索して迷っていた。メンタル崩壊していた時期の記録として、ここに残させてほしい。 きっかけは今でもはっきりしない。でも明確な理由として、何かに対する確固たる信念と目標像を持ち合わせていなかったことがあげられる。信念に則ってひた

          この春のこと、迷走の時期