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『アオアシに学ぶ「考える葦」の育ち方』とアジャイル開発

この記事は KDDIアジャイル開発センター Engineer & Designer Advent Calendar 2022 の7日目の記事です。

FIFAワールドカップカタール2022が日本代表の活躍もあって、大会前に思い描いていた以上に盛り上がりました(よね?)。日常の中にサッカーが話題になることがますます増えていったらいいなと思います。

ぼく自身は陸上競技(かつて400mハードル、今マラソン)と浦和レッズの試合は欠かさず観る経験はあっても、サッカープレーヤーとしての経験はなかったのですが、小学生の息子がサッカーをやっていることもあって、週末の度に息子の試合に足を運んだり、息子のサッカースクールでのおとなのためのサッカー教室に参加しているうちに、プレーヤーとしてサッカーに触れる、サッカーのことを深く考える機会が増えてきました。

そんな中、サッカー漫画の『アオアシ』のジュニア版を読み始めてみて、息子のことと、通うスクールのクラブチームのことを重ねつつ、毎回巻末には中村憲剛の解説が書かれていて、サッカーの戦術や考え方、選手たちの心の動きにも興味を持つようになりました。コスタリカの元プロ選手で、福岡の糸島にあるエリア伊都FCジュニアユースを率いる有坂哲さんのnoteやFacebookのタイムラインでのサッカーや育成の話をよく読んでいる時に何度か話題に上がっていて、仲山進也さんが書いたアオアシを通じてサッカーの考え方について学ぶ本(『アオアシに学ぶ「考える葦」の育ち方』。通称『アオアシ本』)があることも知っていたので、こっちも読み始めてみました。

読み進めていくと、内容がビジネスにも通じることはもちろん、あれ?アジャイル開発やスクラムとも共通点があるなあと思い始めてきました。この本の中でも「昨今のビジネス環境はサッカーに近づいている」と感じる人が増えてきていると書かれているように、VUCAの時代においてアジャイル開発が必要とされている潮流とも重なっているように感じました。

そんなアオアシ本を読んでみて、サッカー的な思考法がアジャイル開発とはどんな共通点があるのかをまとめつつ、さらに踏み込んで、お互いに取り入れられそうな思考法について、考察してみたいと思います。

自分で考えて動くということ

少年サッカーにおける育成の文脈の中でも、ティーチングよりもコーチングが大事という話を聞くことがよくあります。
教えた通り動くようにすることよりも、考えて動くように促すことなのですが、そもそも知らない状態で考えさせても考えることができません。
でも、残念ながら、少年サッカーの試合を観ていると、「次にどう動くのか考えろよ」というコーチの声を聞くことが少なからずあります。その時の選手たちの表情を見ていると、その声に困惑していて、どう動いたらいいのかが見えているようには見えないのです。

アオアシ本の中でもこんなフレーズがあります。

知らないものは見えない
興味ないものは見えない
偏見があるものは見えない
アオアシに学ぶ「考える葦」の育ち方「第1章 観察」

見えないものは考えることもできません。
見えないものを見えるように気づかせてあげることが、自ら考えて動くような選手に育てるためにはまずは必要なんだろうと思います。

アジャイル開発の一つの手法であるスクラムについてまとめられた『スクラムガイド』では、「自己管理型」という言葉が出てきます。
2017年版のスクラムガイドでは、「自己組織化」と書かれていましたが、2020年11月の改訂では、スクラムチームが「誰が」「どのように」作業するかだけじゃなく、「何の」作業をするかも選択できるように、自己管理に重点が置かれるようになりました。即ち、何を(What)やるかも含めてスクラムチームが考えるようになっていきます。
スクラムでは、何を(What)、何のために(Why)をProduct Owner(PO)が考える役割を持っていて、開発者がどうやって(How)を考える役割を持っています。役割を明確にすることは、ソフトウェア開発を円滑に進める上でも、責任を明確にする上でも大切なことですが、顧客への価値提供、ビジネスの成功という同じ目標を持って、スクラムチームの一人一人が自ら考えるようになることで、気づきを増やし、より価値を届けることができるんじゃないかと思います。

偏見から解放されるには「心理的柔軟性」を高める

「物事の評価を決めつけずに受け取る素直さ」を持つことで、偏見から解放され、「心理的柔軟性」を身につけることができる。
アオアシに学ぶ「考える葦」の育ち方「第1章 観察」から要約

これも、サッカーにおいて見えないものを見えるようにするために、見えた情報の吸収率を高めるために必要な要素として書かれているのですが、アジャイル開発においても「心理的安全性」という言葉が多く使われます。

2001年に「アジャイルソフトウェア開発」という概念を提唱した文書である『アジャイルソフトウェア開発宣言』においても「プロセスやツールよりも個人と対話を」重視すると書かれている通り、チームにおける対話の質がソフトウェア開発の成否に大きく影響します。
率直に意見を言い合える、失敗や間違いを許容する、お互いを尊重することで、より良いアイデアが生まれ、早く改善することに繋がっていきます。

行動心理学者のエイミー C. エドモンドソン教授が提唱した「心理的安全性」とアジャイルの関係については、PeopleNotTechの創業者でCEOのドゥエナ・ブロムストロムの著書『心理的安全性とアジャイル』でも以下のように書かれています。
アジャイルによって、物事のやり方と見方を変えていくためにも、心理的安全性のあるチームは、「一緒に魔法を起こしている」ように感じられるのです。

アジャイルはITだけのものではなく、物事のやり方についての変革的な新しい見方だ。
『心理的安全性とアジャイル』CHAPTER 2から要約
チームメンバーが自らのイメージ、地位、キャリアにマイナスな影響がおよぶ恐れなく行動できるという共通の概念として定義される。(中略)
チームに高い心理的安全性があると、彼らは家族のように感じ、「一緒に魔法を起こしている」ように感じられるという。心理的に安全なチームにおける主なポジティブかつ望ましい行動規範は、「発言」するというものだ。チームメンバーが常にオープンで恐ることなく自らの意見を言い、批判し、貢献できる状態を指す。
『心理的安全性とアジャイル』用語集「心理的安全性」から抜粋

「観察→判断→実行」ループ

アオアシ本において、自分で考えて動くとは、観察→判断→実行のループを高速回転させ、観察して得た「入力情報」を「価値基準」と掛け合わせて選択肢を考え、仮説をもとに選ぶことと書かれています。

個人の思考力
「観察←判断」(価値基準が変わると、インプットが変わる)
「判断←実行」(アウトプットから学ぶと、価値基準がアップデートする)
「観察←実行」(ふりかえることで視点を得ると、インプットが変わる)
チームの思考力
・観察では「目(事実)をそろえる」
・判断では「頭(解釈)をそろえる」
・実行では「動き(呼吸)をそろえる」
アオアシに学ぶ「考える葦」の育ち方「第3章 実行」

ソフトウェア開発もVUCAの時代におけるビジネス環境も複雑さを増す中で、不確実さや複雑さを理解するためにCynebinフレームワークが用いられています。サーバントワークス長沢さん監訳のConstrux Software社のスティーブ・マコネルによるアジャイルリーダーのための本『More Effective Agile』の中では、Cynefinフレームワークにおける複雑系のプロジェクトに役立つモデルとして、OODAループが取り上げられていて、アオアシ本と同じように、観察→判断(方向付け、意思決定)→実行(行動)のループが有効であると書かれていました。

OODAループそのものがアジャイルプラクティスであり、プロジェクトを観察して分類し、複雑系(アジャイル)のアプローチを適応すべきかを判断し行動に移す。サッカーにおける自分で考えて動くために必要なアプローチと同じく、検査(観察)と適応(判断、実行)を繰り返していくことが、アジャイル開発にとっても最も基本的な考え方になっています。

Cynefinフレームワークは、状況の複雑さや不確実さに応じて、効果が期待できる戦術の種類を理解するのに役立つ。

Cynefinフレームワークは5つのドメイン(系)で構成される。
単純(obvious)、煩雑(complicated)、複雑(complex)、混沌(chaotic)、無秩序(disorder)

プロジェクトに関して不確実性が高ければ高いほど、複雑系(シーケンシャル)のアプローチよりも複雑系(アジャイル)のアプローチの方が有利になる。

Cynefinフレームワークにおける複雑系のプロジェクトに役立つモデルとして、アメリカ空軍のジョン・ボイド大佐が意思決定を加速させ、敵よりもすばやく判断を下し、敵の意思決定を無効にする手段としてOODAループを考案した。
Observe(観察)→Orient(方向付け)→Decide(意思決定)→Act(行動)
『More Effective Agile ~“ソフトウェアリーダー"になるための28の道標』第3章

サッカーは究極のアジャイルである

サッカーとアジャイルと、その考え方について、アオアシ本を参考にしながら共通点を挙げてみました。

サッカーにおいても、個人の心理的柔軟性を高めつつ、チームとしての心理的安全性を高めることで、高められた個人の思考力をチームとして共有しつつ、お互いの理解も深まって、チームの思考力も高まり、観察→判断→実行のループも高速になっていくんじゃないかと思います。

FIFAワールドカップカタール2022の日本代表チームは、残念ながら、ベスト16で敗退となってしまいましたが、試合を重ねることにチームとしての自己管理の力が高まって、監督の指示だけに頼らない観察→判断→実行のループが試合の中でもアジャイルに回り続けていました。欧州のトップリーグで活躍する選手たちの見えているものが、チームでも共有されて、ドイツやスペインの戦術に対するアプローチは、観察と判断と実行を繰り返し、改善を重ねて、完成度を高めていったように見えました。チームの心理的安全性も高まって、一緒に魔法を起こしているように感じたのかもしれません。

今回のワールドカップの日本代表の活躍も、かつての代表選手たちのわかりやすく落ち着いた解説も、気持ちが入った解説も、サッカーに取り組む子供たちにとっては、見えていないものが見えるようになったり、自ら考えるきっかけになったのかもしれません。競合チームが揃い踏みの残りのワールドカップの試合を楽しみにしつつ、ぼくも息子とどうやったらもっとサッカーのことを自分で考えて動けるようになるか、チームでも共有できるようになるか、応援しつつ自らもプレーしつつ、一緒に考えていきたいと思います。

がんばれ、にっぽん!がんばれ、息子!

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