けにひす

せめて、ものを書こう。 Profile : 地方公務員 / 現在は生活保護ケースワーカ…

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せめて、ものを書こう。 Profile : 地方公務員 / 現在は生活保護ケースワーカー / 大学時代は政治思想を専攻

最近の記事

わからないの不快

 東京都現代美術館に「あ、共感とかじゃなくて」という展示を観に行った。  いいタイトルだと思う。  けれども、「あ、共感とかじゃなくて……」のあとに続くものはなんだろう。  共感の対極にあるのは「わからない」かもしれない。  写真をご覧いただきたい。有川滋男さんの作品である。  なにか意味が読み取れそうで読み取れない製図のようなものと、奥にはトイレの詰まりを取る「スッポン」が並んでいる。ちなみにこの作品のメインは、近くのモニターで流されている数分間の映像なのだが、やっぱり全

    • それでもなお、実践との間には分断があった。

       援助者(支援者)とクライエントは対等である――ソーシャルワーク論、援助理論、社会福祉論はそう教える。そして、お勉強の世界から頭でっかちにこの世界に入ってみた自分は、それを読んで大いに感動し、納得し理解してから、現場に臨んだはず、だった。  ところが、この2年弱を振り返ってみれば、まったく何を驕っていたのだか…。  まず、職場に出勤すると、目の前に課題として現れるのは「生活保護法に則った適正な事務」。そして、それに付随した、法律上は助言という名を課せられたケースワークも、も

      • その身体性に接したときに、僕は無力な一人になった。

         とある家庭訪問での驚き。  詳しく書くことはできないが、生活保護ケースワーカーとして自分が担当している方の一人に、かなり情緒不安定な女性がいる。いわゆる「困難ケース」である。  どちらかといえば、僕は調子に乗っていた。  担当になったのは昨年4月。最初は自分に対して攻撃的だったその人は、徐々にやり取りを重ねていくうちに、心を開くようになっていた。信頼関係を築けてきた、と思った。また、はじめは社会的に孤立し、支援機関にも全く繋がっていなかったが、つい先日、ひょんなきっかけ

        • 行政職員による「アンダークラス化する若者たち」雑感 (1)生活保護CW的経験から

          『アンダークラス化する若者たち』明石書店  宮本みちこ編著『アンダークラス化する若者たち』を読み、またその出版記念イベントに参加してきたので、感想めいたものをここに書き記しておきたい。   私自身は行政職員であり、生活保護業務に携わるケースワーカーでもあり、そして20代の若者でもある。さまざまな視点から、考えさせられることは多々あったけれど、まずはケースワーカー的な視点から。 若者をつなぐ先 まず、生活保護受給者の支援を1年余り経験してきた立場として、「若者の支援」と聞

        わからないの不快

          プラットフォームとしての行政(素描)

           最近、再び「官」と「民」の役割分担について考えている。  さまざまな「まちづくり」の取組に触れていると、必ずこの問題にぶち当たる。公共性に深く関わる領域に対し、官(行政)はいかにあるべきか。  そんな疑問に思いが及んだ時に、2、3年ほど前から自分の頭の中に浮かんでいる言葉がある。「プラットフォームとしての行政」だ。既にどこかで流通していてもおかしくなさそうな響きだけれども、某コンサル会社のサイトくらいしか出てこなかった。  実はこのアイデアが浮かんできたのは、まちづくりで

          プラットフォームとしての行政(素描)

          生活保護CW的雑感:なぜ働かなければいけないのか?

           私はとある福祉事務所で、生活保護担当部署の職員、いわゆる「ケースワーカー(CW)」として勤務している。今回はその視点から一つ。  生活保護担当職員であるCW(ケースワーカー)の業務は、ただ生活保護の申請を受け付けたり、保護費を適切に支給したりするだけではない。家庭訪問や面談を通じた受給者に対するアプローチもまた業務の一つだ。  では、その受給者に対するアプローチは、どのような理屈に基づいて行われているのか。 理屈① 三つの自立に向けた支援 一つは、「ケースワーク」とも呼

          生活保護CW的雑感:なぜ働かなければいけないのか?

          コロナを巡る「損得勘定」から政府の役割をもう一度考える――ワクチン・外出自粛・社会保障

          1.ワクチン接種は誰のため? 突然だが、新型コロナウイルスのワクチンは誰のために接種するものだろうか。  「自分がかからないためじゃないの?」と言われたら、それは少し違うかもしれないという話から始めたい。  PCR検査にせよ、ワクチンにせよ、さまざまな人がさまざまなことを述べているけれど、議論が割れる一つの要因として、「政府が感染症対策を行うとはどういうことか?」ということについての認識の違いがあるように思われる。  行政が実施する感染症やその他の疾病、人々の健康に対しての

          コロナを巡る「損得勘定」から政府の役割をもう一度考える――ワクチン・外出自粛・社会保障

          コロナ下の積極財政を支える金融政策のリスクについてのメモ

           最近、日経を読んでいる。 日本の大企業的な価値観が伺えて、なかなか面白い。  つみたてNISAで積み立てているインデックスファンドの基準価額が、コロナショックなど嘘だったかのように回復しているので、はてこれはどうしたかと思っていたら、どうやら日銀を含む各国の中央銀行が株を買い支えているらしい。2013年から始まったアベノミクスもリフレ政策、いわゆる「異次元の金融緩和」をその軸の一つとするものだったけど、それに引き続いて大量のマネーがじゃぶじゃぶ市場に供給されているというわ

          コロナ下の積極財政を支える金融政策のリスクについてのメモ

          統計学的な恋愛としてのマッチングアプリとその綻び

          プロローグ Kがマッチングアプリを始めたのはおよそ2か月前のことである。  Kは理系の男子大学院生だ。  Kは、学会発表の質疑応答で「素人質問で恐縮ですが」と手を挙げたは最後、発表者のプライドとメンタルをずたずたに砕いてしまうほど的確な質問を繰り出すことができる地頭の良さを備えていた。しかし、対称的にそれまでの恋愛遍歴といえば惨憺たるもので、「私のような者が恐縮ですが」と彼氏候補として手を挙げるたび、彼の方がプライドとメンタルを砕かれてきたのだった。要するに、彼は謙虚さという

          統計学的な恋愛としてのマッチングアプリとその綻び

          これから政治に起こるかもしれないことと、そのことへの向き合い方について

           皆が「不安」な状況にある。  感染症に対する疫学的な解決策はある意味シンプルだ。人と人との接触を一定期間完璧に断てば、いつしか感染拡大は抑え込むことができる。  ところが我々人間は、日々ただ食事を摂取し、睡眠をとり、愛し愛される、それだけにとどまらず、経済活動を営んでいかなければならないし、芸術文化に親しむことによって毎日を豊かなものとしている。そういったものの上に、現代社会が成立している。  だから、それらを壊さないための絶妙なバランスを取りながら、同時にこの感染症に対処

          これから政治に起こるかもしれないことと、そのことへの向き合い方について

          僕は、とある工場で働いている。

          工場というか、それ自体が一つの巨大すぎる装置、機械とでも言った方がよいだろうか。 確かヨーロッパの有名な作家は、それを「城」に見立てていたような気がする。 ――どうしてそんなに頑張れるのだろう。 夜10時を越えてもなお働き続ける先輩工員たちの姿を見て、ぼくは感嘆と、掴みどころのない寂しさを同時に抱いた。 この巨大装置は、とても、とてもよく動く。 ほとんど下っ端である僕に対して、先輩方は、皆、優しい。 疲れの溜まってくるはずの深夜帯でも、労いの言葉をかけてくれる。 笑いの感

          僕は、とある工場で働いている。

          社会関係資本の格差とリベラリズムについて

           ※以下、2018年7月に別のところに書いた文章を、再構成してこちらに載せたものです。11月18日に投稿した「マジョリティとマイノリティ」の問題と関連が深いので。 1.「人と人の絆」から世の中を見る―社会関係資本(social capital) 「現代社会や都市では人と人のつながりが希薄。もっとコミュニティや絆を大切にしていかなきゃ!」  ある種の社会問題が与えられたときに、お決まりのように登場するこの解決策。この解決策に出てくる「人と人のつながり」や「絆」をアカデミックに

          社会関係資本の格差とリベラリズムについて