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001.ANJALI|市原健一|CURRYgraphy

 記念すべき第一店舗目は、下北沢のANJALIさん。カレー屋さんのファンも多いカレー屋さんのイメージがあって、私の中では完璧主義なシェフという仮説を立てていた。カレーのレパートリーは豊富だし、どのカレーもANJALI味というか、共通の「ここでしか食べられない味と技」が詰まっているし、そんなの目指すレベルが相当高いストイックなタイプだからに違いないと思うじゃない。ところがいざ取材が始まると、店主・市原さんは”ふにゃっ”と笑顔になって、「適当、適当」と繰り返す。もちろん決めるところはきっちり抑えての「適当」なんだけど、考えていたよりずっととっつきやすいお人柄で、ますますファンになってしまったのだった。

駅から近いけど見つけにくい、いい場所。

とにかく自分の店を持ちたかった

 大学卒業後は洋服屋に就職するも、5年ほど働くうちにとにかく自分の店を持ちたくなった。「洋服だとムズいかも」と思ったとき、料理屋もありかなとひらめいたのは、学生時代におばんざいを出す居酒屋でバイトをしていたから。包丁の持ち方、野菜の切り方など、料理の基礎は全てそこで覚えたという。
 そして、「他の物は作らないでいいし、カレーだったら店持てるかな」と、軽い気持ちでカレー屋を目指す。吉祥寺のまめ蔵くぐつ草のバイトを掛け持ちしたものの、なかなか開業資金が貯まらず、正社員としてオーガニックカフェに転職。当時はオーガニックの概念が日本に入ってきたばかりで、学ぶのが楽しかった。
 7~8年の歳月を経て、店長になりキッチンの実務には携わらなくなったものの、時間を作ってはインドやスリランカに赴き本場のカレーを食べ歩いた。改めて「カレーっておいしいな!」と感動し、家でも試作を繰り返しながら"自分のカレー"を模索するようになった。

根っこが和食の人間だから、“コク”至上主義

市原さんが着ているのは、9周年記念で作ったロンT。オンラインストアで購入可能。

 「スパイスの知識とかよりベースが和食なので、うまみがないとダメ。コクがないとダメ」
 開業資金が貯まったタイミングで、通勤しやすい下北沢にANJALIをオープン。始まってから5年くらいはお客さんの反応をみて試行錯誤の日々。休日には、他の店を食べ歩き、カレーの味を研究する。
 オープン当初から海老カレーのレシピはほとんど変わっていないが、チキンカレーは別物になり、ドロドロとしていたオリジナルラッサムはオリジナルサンバルに変更した。変化を繰り返すうち、だんだんいいものが残ってきた感覚がある。

 ところで、私は勝手に、サンバルの芋は「インカの目覚め」か「今金男爵」など特別に味の濃い品種を使っているのでは、と予想していた。
 期間限定、かつ、オンラインショップでしか手に入らない、湖池屋の「今金男しゃくポテトチップス」を食べたことのある人ならばわかってくれるだろう。大地の恵みを食んだ瞬間、甘いような土っぽいような、掘りたての芋の香りが脳天を直撃するのだ。頭の中では芋いも音頭が流れ出し、パリッとサクッとホクッと口福感に包まれて昇天してしまう。それと同等、もしくはそれ以上の衝撃が、サンバルの具の芋にはあった。
 ついに、事の真相を確認すると、なんと、それは、じゃが芋ではなくサツマイモであった……!
 ――曰く、サツマイモの甘味を出したいと思いながら調理はしているけど特別なことはしていない、とのこと。
 私は赤面した。確かにサツマイモもいることは認識していたが、じゃが芋も入っていると思っていた。小さくなった私に、市原さんは優しく続ける。
「サンバルは主役にはなりづらいけど、主役にするにはどうすればいいか考えて、自分が好きな甘酸っぱい味を目指した。サンバルだけでもしっかり食べられるように、割合を変えたり試行錯誤したりしながら、どこかのまねではなくオリジナルのレシピを編み出した」
ぜひ、みなさん(?)も試してみてほしい。とにかく旨芋なのである。

youtubeと想像力で作り上げたANJALI味

 当初、レシピ本見て作ってもうまく作れなくて、youtubeでインド人の料理動画を見漁っていた。材料だけ見て、完成したカレーの見た目から味を想像して調味していく。分量も調理方法も自分流を探りながら、想像力を鍛えたという。
 「理由もわからず入れるのは嫌なので、スパイスは少なめ。コクを大切に、スパイスは食材の味を引き立てるためのものだと思っている」

 「日によって味が変わる、でいいかなって思ってる。今日のやついいぞ! ってときは何でよかったのか? を繰り返すことでだんだんと定まってきた。これだ! って瞬間がだんだんとわかってきた感じ。常連さんがいつも頼むものがあったら、その人のこと考えて作ったりする。ANJALI味は、常連さんと一緒に作りあげた味かな。笑」

町中華みたいな店を目指す

 今後の目標やビジョンについて伺うと、これまた「流れに任せて適当ですよ」とはにかむ。
 「これからも、今まで通り一人でマイペースでやっていけたらいいな。カレー屋を大きくすれば人を雇う必要も出てくるし、それで誰かとぶつかるのも嫌だ。だからと言って、すっかり人に任せるのは自分らしくないから嫌だ。奇をてらうこともなく、気軽に通える町中華みたいな店でいたいな」

 ちなみに今はインドよりアメリカに行きたいそう。
 「アメリカ人が作るインド料理のかっこいいお店があって。店づくり、生き方とかについて、アメリカやイギリスの人のフィルターを通したインド料理が見てみたい。ファッションとか好きなものを掛け合わせて考えると、内装の雰囲気とか、見たいなと思う。日本のカレー屋を食べ歩く時もいろんな店主のフィルターを通してインド料理を見ているわけだし」

 服好きが高じて、パパ友と一緒に古着ショップをオープンさせる一面も。こんなパパ、自慢だね!

 ANJALIはサンスクリット語で「合掌」の意。店名は"手"に関する言葉がいいなぁと思っていたところ、東日本大震災で手をあわせる人々の姿が印象に残っていたことや、宗教を超えて何かを「頂く」仕草ということも意識し、両の手をあわせた合掌という言葉を選んだという。
 press handsじゃ格好良くないし、、と迷っているうちにサンスクリット語のANJALIがヒット。現地では女の子の名前によく使われる言葉で、語呂もよく、可愛い響きが気に入っている。

ANJALI(アンジャリ)
東京都世田谷区北沢2-15-11 センヤビルB1階
Instagram:https://www.instagram.com/anjali.curry.spicefoods/
shop:https://anjali0909.stores.jp/

今週の雑記

 取材の前日にやっとノートパソコンが届いた。ずっと夫のPCを借りていたけど、CURRYgraphyを作るにあたって色々と買い揃える必要を感じて、PCと照明機材一式(LEDライト、バッテリー、脚)、プリンターを買った。カードの請求におびえる私に、おさがりのデジカメをくれた夫には感謝しかない。写真を使うのは主にnoteで、本にはすべて絵を使おうと思っているのでちょっと欲張っちった気もするけど、時間をくださったカレー屋さんには精一杯向き合いたいから、これでいいのだ~

 そしてついに、第一回目の取材。何回も何回も頭の中で流れを確認したけど、やっぱり心配で、すごく早く下北沢に来てしまった。私が心酔している大好きなお店だけを100軒回ると決めたから仕方ないんだけど、最初からものすごく好きなお店で、失敗できないぞって思いがおなかの底あたりでぐるぐるしている。どこだって気は抜けないけどさ、特にってとこが100連発なもので……。


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