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千年たっても香るヒノキ

                          法隆寺の山門の柱

■ヒノキは1300年経っても生きている
「ヒノキは1300年たっても生きている」・・・と西岡常一棟梁はいいます。
薬師寺の東塔の解体修理でのこと。
屋根の瓦を外したら、その下にあった1300年を経たヒノキが、重しを外されたことで復元力を発揮し、押さえつけに反発して毎日少しずつ元に戻って反ってきたそうです。
ヒノキは時間がたつとともに、それなりの風格を身に着けながら、本来の生命力は失わずに生き続けるのですね。
法隆寺、薬師寺など1300年を超える建造物があり、法隆寺の木材は当時のままですが、伐採されて1300年たったそのヒノキは、いまでも5,6ミリ削るだけで、香りがぷーんと匂ってくるそうです。
樹齢1000年を超えるヒノキは、伐採されてからも、樹齢と同じくらい生き続けると言われるゆえんです。
 
法隆寺では、木材は見た目ではなく、耐久性重視で使われています。
柱など、見た目は節のない部分がきれいですが、丈夫さという点では問題があり、長持ち、頑丈さという点では節がある部分にはかないません。
樹木は基本的に陽の当たる南面に枝を多く伸ばします。建物の正面は顔ですから節のないきれいな面を使いたくなりますが、実は建物は南面が正面、そのために法隆寺などでは、節の多い面が表に使われているのです。
木材は形を見て使うのではなく、木材の癖を見て、その癖がそのまま生きるように使う「木の組は、木の癖組み」だそうです。
飛鳥時代の寺社建築の基本は、長持ちさせるためには、素材は生えている状態に忠実に使うこと。建物の南面には、木材が生えていた時の南面を使うというのが、適材適所の原則だそうです。
木材が生えていた時の南面は節の多い面なので、日の当たる南面の正面には節の多い木材が使われることになります。ただ、最近は、見た目を重視する施主さんがそういうことを無視して、正面には節のないきれいな材を使ってくれ・・・と言われることが多いそうです。
 
きれいな木材を供給することで知られる吉野の杉は、建造物用に造林されたもの。なので、節を少なくしてきれいな木材を得るために、若いうちに枝を払います。しかし、枝を払ったあとの切り跡から水が入り、その部分は腐ってしまうことがあります。これを「死に節」と呼ぶそうで、力がないために、腐った節の部分が抜けてしまいます。
一方、枝を払わずに、伐採されるまで枝が出ていた節は「生き節」といい、しっかりと目が詰まって削ると生き生きと力を秘めてピカピカしてきます。これが本来の節です。
上の法隆寺の山門の写真のように、生き節のあるものは力があり腐りにくいので耐用年数が長いとかで、建物の土台などの基礎部に使われることが多いようです。
古寺を巡られるときには、そんなところもご覧いただくといいかもしれません。

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