見出し画像

これから、ずっと ㊽

もう、60才目前の私にとって、これからも、ずっと続けられる事はそんなにないような気がする。

私の父は79才が寿命だった。それを思えばあと19年しか時間は残されていない。

もちろん、もっと長く生きられる可能性の方が高いと思われるが、現時点では何とも言えないのだ。


私の、前の前の職場の先輩は、60才で定年退職した。

実直な方で、貯金もそこそこあり、年金もたっぷり貰える算段が整えられていた。充実した老後が待っている筈だったのに、

退職後、半年も経たないうちにこの世を去ってしまった。

原因は飲酒。

現役の時はそれほど酒好きでもなかった印象なのに、大きなプラスチックのボトルに入った安いウイスキーを買って、家飲みしていたらしい。

これといって趣味もなく、好きなテレビのビデオを繰り返し見ながら、ただただ飲酒を続けた結果なのだ。

この際だから、タイトルも記しておく、『ビッグダディ』シリーズだ。私はこれを見た事がないが、半ドキュメンタリーなのだろう?

先輩はこれがとても大好きで退職前から繰り返し見ていると話していた。

家族の触れ合いを描いた内容らしいが、それを見て毎回涙を流すとも言っていた。



ある意味、とても幸せな終わり方と言えるかも知れないが、

特別仕様の新車を購入し、納車する直前だったというから、1番驚いたのは本人自身だと思う。これからあちこち旅しようかな?なんて言っていたのだから。

定年後、のんびり旅行をするのは素晴らしい計画だったのに、昼間から家飲みするから、止めどなく飲んでしまうのだ。

同じようなビデオテープを何回も見ていたのも良くない。

辞める前から少し認知症の気があったが、こんな見方だと脳は活性化出来ない、むしろ思考は停滞してしまうだろう。

『ビッグダディ』がどうかという問題ではない、好き嫌いの事だから。

ただ、それを見続けるにしても、無条件に受け入れるような態度ではなく、あらゆる角度から見るべきだったのではないだろうか?時には敢えて批判的な態度で見たりして。

私に置き換えれば、松竹新喜劇の動画ばかり繰り返し見て涙を流すようなものだが、健全とは言い難い。

そういえば、「ビッグダディーに会いたい」とも言っていた。これは1種の推し活みたいなものだったのだろうか?いくら推し活だったとしても、思考停止してしまうのは良くないだろう。


私が今、新しく勉強を始めようとしているのは、このような先輩が身近に居たのも一因なのかも知れない?

これからずっと、勉強を続けるにしても、どうしたらそれが続けられるのか、思案している最中なのだ。

現時点で言える事は、脳以上に身体が大事だと言うことくらいだろうか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?