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自分の心の声 日々の雑感 ただ書き留めるだけだけど、何かを感じ取ってくれたら、 それは…

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自分の心の声 日々の雑感 ただ書き留めるだけだけど、何かを感じ取ってくれたら、 それはそれでうれしい。

最近の記事

生きることの必然と偶然

この世の中に生まれたことが、 全て偶然の産物で因果のみで成り立つ世界だとしたら、 死は完全な無と等しい。 そして、生もその原因と結果だけで成り立っている たんなる営みの連続ということになる。 そのように生を捉えると、 いま生きていることが非常に空虚に感じる。 死ぬことへの恐怖というより、死への虚しさ、 死後の世界への虚しさだけが残る。なにせただの無なのだから。 神はいるのかは分からない。 ただ、この世の中を創造した「なにものか」がいて、 その中にこの私が存在する「意味」が

    • はみ出ることを恐れるな

      「何かが足りない」 そのことを恥じることはない。 恥じる暇があるならば、「足りない」事が工夫と創造の源となる事に 早く気付くべきだ。 いかに多くの人が嘆いているだけで人生を終えている事か。 輝いているように見えるあの人の人生を 歩むことは君にはできない。 できないならできないなりの、工夫が君に出来るか。 そのもがきが、誰にも負けない、誰にもないにじみ出る個性になる。 誰かに認められるわけでもなく、誰に気付かれるわけでも無いかも しれないけれど、他人には絶対に

      • 勝たなくてもいいさ ただ 負けるな

        たしか、大学時代に読んだ漫画「リアル」でふと目にした言葉。 何かを成し遂げたと思った自分、他人に比べ秀でていると思った瞬間。 でもその充実感は、手にすくった水のように、消えてゆく。 忘れてほしくないから、人に言って回る。自慢する。 血の滲むような努力は、 そんなもののために、してきたのか。 じゃあ、次の自慢のために、また血の滲む努力をしてゆくのか。 自分を好きになるために、 そして自分は、今、ここに立っている。いま、ここに居る。 それを実感するために、 今

        • 効率の功罪

          この作業は意味があるのだろうかと考えることは、意味があると思うが、 疑問に思うからやらないというのは、それはそれでリスクがある。 この作業は「直接」結果に結びつかないかもしれないが、その積み重ねが意味を成すことがほとんどであり、ある一つのものに到達するためには、複数の要素を積み重ねることで達成されることがほとんどである。 研究においても、自分がこれをなんとしてでも明らかにしたいと思う事がある時に、やるべきこと、調べることが1つだけなどということはありえない。もしそういう

        生きることの必然と偶然

          明日を期待することの愚かさ

          明日があるからといい、今日という日を無駄に使っていいのか。 きっと今日と同じ心持ちで明日を迎え、 明日も同じことを言い、あっという間に歳を取る。 明日という日は、無いものと思って生きたほうが、 そして運が良ければ明日があると思ったほうが、 生きている実感を強く感じる。時間が長く感じる。 そんな生き方疲れる、そう思ってた。 でも、疲れる前に行動を止めてないか。 疲れることを恐れてないか。疲れたら休めばいい。 疲れることに時間を費やしていると感じたならば、 そ

          明日を期待することの愚かさ

          気付かれない恐怖

          誰にも気付かれず、 この世からいなくなる人っているのだろうか。 生んでくれた人がいて、つきっきりで気にしてくれて、 大きくなって、いつの間にか、そんな思いをヨソに、 気付かれない恐怖、評価されない恐怖。 そんな恐怖に苛まれる。 その前に、ちょっと考えてほしい。 今日の自分は誰かの気持ちに、気づいてあげられたか。 誰かの声に耳を傾け、「聴いて」みたか。 もらうことばかり考えていると、もらえない恐怖にさいなまれるが、 思いを与えることを考えると、不思議と恐怖は

          気付かれない恐怖

          妻へ

          僕と、君とでは、正直びっくりするほど興味の方向が違っていて、 僕が話していることを理解出来なかったり、君が話していることに全く興味がなかったりして、お互いよくイライラしていたね。 でも、完全に理解できる夫婦なんていないよな。そもそも他人だもの。 でもさ、たまたま興味、洞察があう人がいたとしてさ、その人が僕と一緒に暮らしてうまくいく確率ってどんなもんなんだろうって思うよ。 一緒に過ごす努力をともに出来る人と、自分と見ている方向が一緒の人は必ずしも同一である必要はないと今

          後悔は明日への活力なり

          「もっと若い頃に本を読んで、洞察を深めればよかったのかもしれません。」 ある死刑囚が言った言葉。 若くなくても、いまさら貪るように読んでいる自分。 「年齢は関係ない」などと陳腐な言葉を言うつもりはない。 若い頃に、色々な考え方、自分と違う考え方にふれる方が、いいに決まっている。 ネットをみて、自分が多数派に居るかどうかに怯えることに費やすぐらいなら、 自分と違う考えに触れられるだけ触れて、自分がどう感じるかを体験する方が 意義のある時間であることに間違いない。

          後悔は明日への活力なり

          もっともっと地獄

          何を手に入れるかに夢中になりすぎる事もある時期では大切かもしれないが 手に入れられたもので「どう上手くやってゆくか」を 考える事の方がずっと重要で、楽しい事もある。 もっともっと地獄に陥る前に、 考えて。 ・今はこれしか無い。さあどうやって使う? ・今はこれしかない。イヤだから他のが欲しい モノでも自分に与えられたスペックでも 共通した命題だと思う。 どちらも正しいが 正しい努力に結びつくやり方は それぞれ違うことを認識すべきだ。 短い人生。 正しい努力で、楽しく

          もっともっと地獄

          心のスキマ

          なにげない日常の なにげない単調さのなかで、 ふとできた心の隙間を埋めるために、 他人のニュースに注目し、 どうでもいい意見をいい、 何の影響ももたない他人の目を気にして、 生きている人のなんと多いことか。 自分の心の隙間、 無理に埋めなきゃだめですか? もっと隙間をみつめて、 隙間があいたままにしておいちゃだめですか? そんなにあせって埋めなくても、 生きていけるし、 埋めないほうが、 もっとおだやかに生きていけることもある。 #最近の学び  #心  #ネット

          心のスキマ