見出し画像

『ミュージックが聞こえる街』

こんばんは、とイヌが吠えるので、私も思わずこんばんは、と返した。

満月の輝く夜。

二次会までと思っていたのに、ついつい誘われるがままに三次会に参加してしまった。久しぶりの生ビールが美味しかったのがいけない。
どうやら飲みすぎたようだ。
幻覚だと決めつけ、そのまま通りすぎようとして、足に違和感を覚えた。

ネコがしがみついている。

「助けてください」

いやいや、私は家に帰るのだから。
早く駅に行かないと、終電を逃してしまう。申し訳ないが、君たちにはつきあっていられない。

用が済んだらちゃんと送りますから、と薄汚い路地から出てきたロバがいなないた。
いやいや、君の足は遅いだろう。さすがに夜が明けてしまう。
夜明けは遅らせますから、と飲み屋の看板の上でオンドリが胸を張って鳴いた。

「君たちは一体」
「知らないんですか?僕たちのこと」

まるで戦隊もののヒーローみたいにキメポーズをされても、困る。
君たち、テレビの見すぎだよ。
私があきれて立ち去ろうとすると、オンドリが肩に飛び乗った。意外と重い。
「いいんですか?私たちを助ければ、金貨が手にはいるんですよ?」
金貨?そんなもの、現実で使えるわけがない。

私は、オンドリを肩に乗せたまま、自販機の前に立った。
冷たいものを飲もう。
そして、自分にビンタの一発でも食らわせれば、酔いも覚めるだろう。

「金貨、いりませんか?そうですか、では一軒家はいかがですか?」

勘弁してくれ。日々の生活に手一杯だというのに、この上ローンなど払えるわけがない。

ゴトン、と自販機から転がり落ちたボトルを手に取ると、そばにあった柵に腰かけた。
今日は少し冷えるな。
くしゃみをひとつして震えると、ネコがするりとひざに乗ってきた。あったかい。

「わかりました、ネコもつけましょう。交渉成立、ですね」

ロバが歯を見せて笑った。
いやまて、私はただネコを撫でただけだ!

(続く)


#逆噴射小説大賞2021