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無料記事7記事2023年2月11日共同体と国民の分断の違い

日本の助け合いは弱者が強者を助けることになっている。結局、これも弱肉強食の世界で、いかに助けられる側に持って行くか競争をしている。それで弱者が強者に負けて、強者が助けられる側になってしまっている。でも弱者は大して助ける能力が無いので、そんなに助けるようにはなっていない。とても助け合いとは言えない状態だ。

共同体とは強者を敵にして競争をすること。底辺弱者同士で競争をしてもしょうがない。底辺弱者同士で潰しあっても強者の思う壺だ。これが共同体と国民の分断の違いだ。目標を高く持つことが共同体である。一致団結して強者を倒そう、強者を追い抜こうとするのが共同体である。強者から得るものは大きいが、弱者から得るものは小さく、大して得られない。弱者に勝ってもそんなに凄くは無いし、勝つことが分かっている勝負事なんて手抜きをしても勝てるので、力を出していない。それで弱者同士が潰し合いをするのが国民の分断である。国民の分断ではビジネスに強くなれない。弱者相手だったら本気を出さなくても勝てるからだ。

今の不登校は大人たちを下に見て、「面白い授業をしないと不登校になるぞ」と脅している感じだ。先生に不登校の刑を与えている感じだ。昔の不登校は学校に行く足が進まない状態だった。大人たちはいきなり足が進まない理由を聞くが、そんなこと分かるわけが無い。無意識に足が止まってしまうのだ。大人たちは誰にいじめられたかと言う答えを望んでいるのでしょう。そして目的はいじめている生徒をこらしめることで優越感を得ることだ。大人たちなんて所詮その程度のものだ。だから大人たちなんて無視をして大人を頼らずに自分で楽しいことを見つけた方が良い。

夢を叶える商売は良くない。弱者は弱者の脳をしており、強者と同じことをさせても対応できない。強者は強者の脳をしており、弱者と同じことをさせても対応できない。例えば会食恐怖症の人は最初から外食を諦めている。それをコンビニやテイクアウトやウーバーイーツで外食のものを家の部屋で食べることができたら戸惑ってしまう。貧乏人は最初から高級なものを買うことを諦めている。それをプチプラとか100円マックとか回転寿司とかで願いが叶ったら、おかしなことになって来る。もともと貧乏人に高級なものは合わない。

芥川龍之介が多くの人に認められたのは芥川龍之介ひとりの力では無い。芥川龍之介は小説は書けるが他のことはできない。小説を広めるマスコミや小説を認められるように仕向ける口のうまい人がいたから多くの人に認められたのだ。まわりの人の協力と言う共同体があったから芥川龍之介は成功したのだ。芥川龍之介ひとりでは何もできなかったであろう。他の小説家や歌手なども同じことだ。共同体の有無で売れるかどうかが決まって来る。インディーズの売れない曲と有名スターの曲のクオリティは変わらないのに知名度や認め具合でこんなに差が付いている例もある。売れない曲は共同体が無い曲であって売れている曲は共同体がある曲である。共同体を正しく理解し、大切にしている人はビジネスで成功する。

無理に健常者と同じことをさせるより、障害者に合った環境で障害者が得意なことをさせた方が良い。どう考えても障害者はテレワークの方が良いに決まっているし、障害者にはお笑いや肝試しやお化け屋敷のお化け役をやらせた方が良い。知能的なお笑いではなくて、簡単なお笑いをやらせよう。簡単なお笑いの方がウケる傾向にある。障害者はキチガイ系のお笑いネタを作るのが得意だから、お笑いネタを作る仕事でも良い。昔に精神論で無理に健常者と同じことをさせて、それで失敗した過去があるのに、学習しないなと思う。

凝った動画編集は要らない。テレビだったらそう言う動画編集はあっても良かったが、YouTubeなどでは見る動画が多くなって所どころ飛ばして斜め読みする感覚なので、凝った動画編集はあっても意味が全く無い。それに動画自体が多いので、動画を見る時間がなくなってしまう。それからネットみたいな双方向のメディアだと、自分からも発信していなくてはならないので、妄想をする時間や、自分のアイデアを考える時間が必要になって来る。つまり、ネットユーザーやSNSユーザーは、動画をじっくりと見ている時間が無いのである。テレビは動画をじっくりと見ている時間があるが、テレビとネットは違うのである。

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