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私の語学遍歴⑩ロシア語

 ずいぶんご無沙汰していた「私の語学遍歴」シリーズ。ついに二桁台まできました。今回はロシア語についてです。

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ロシア語との出会い〜学び

 ポーランドに語学留学していたとき、ウクライナ人とカザフスタン人のクラスメートがいた。その二人がロシア語で話をしているのを聴いたのが、ロシア語の音を初めて認識した機会だった。ポーランド語と比べてイントネーションが強く、ウクライナ語に比べて発音が硬い感じがするな、と思った。何だかロシア語は発音がとっつきにくそうで、難しそうだ…と感じた。

 帰国後、専攻を言語学から変更し、大学院のスラブ語専攻を受験することに決めた。そのためにはロシア語が必要である。私はポーランド語が専門だが、広くスラブ諸語を研究するためにはまずロシア語ができなければならない。というわけで、受験勉強のためにロシア語を学び始めた。
 勉強を始めたのが8月で、院試はその翌年の2月。修士論文を執筆しながら、約半年で院試レベルのロシア語を身につけなければならない。留学で身につけたポーランド語と文法や語彙が似ているとはいうものの、まず文字が違うし、発音も全然違う。単語を覚えようにも発音を掴むのにまず苦労した。モンゴル語を学んだ時にキリル文字はある程度覚えていたので、それだけは救いだった。

 発音は、ロシア語圏出身の留学生の方から教わった。一番難しかったのは「ж」だったっけ。何度もダメ出しをくらいながら、口の形を真似してなんとか身につけた。
 アクセントもネックだった。ポーランド語の場合、単語のアクセントは語末から2番目のシラブルと決まっている(例外はあるが)のだが、ロシア語の場合、単語によってアクセントの位置が異なる。同じ「о」という母音でも、そこにアクセントがあるかないかで「オ」と読むか「ア」と読むかが変わるから、アクセントを覚えておかなければ正しい発音はできない。

 院試はペーパーテストのみなので、発音まで習得しなくてもよいといえば、よかったのだが、「発音しながら手で書く」という単語の覚え方が最も効率的だったので、なるべくアクセントも覚えた。

 修士論文の提出後から院試までの約1か月は、ひたすらロシア語とポーランド語を学んだ。大学図書館に毎日朝から晩までこもり、過去問をコピーして貼ったノートに、知らない単語の意味を片っ端から分厚い辞書で調べては書き込んでいく。そして、文法書の変化表や活用表と照らし合わせながら読む。専門に関わる文章ばかりなので、専門用語など、よく出てくる単語はある程度決まっている。
 この1か月の間は、夢の中にもキリル文字がわらわらと出てくるほど、追い込まれた状況になっていた。これまでの人生の中で最も、インプットとしての勉強に集中した時期かもしれない。

 その後、無事に大学院に合格し進学することができた。その後も担当教員に、ロシア語の講読の授業には出るように言われ、週2,3コマの講読のため、毎日ロシア語と格闘する日々が続いた。
 卒業旅行では初めてロシアを訪れることができた。いくつかのフレーズを使って意思疎通をすることができたのは嬉しかった。ただ、劇場にコメディを観に行ったときは全く何もわからなくて絶望した。政治的風刺も含まれていたんだろうか? そういう文化的な背景知識も必要になると、付け焼刃の語学力では全く太刀打ちできない。

ロシア語を学んでみて

 ロシア語は、耳で学ぶのが面白いと思った。独特のリズムやイントネーションが感覚的に身につくほど、音楽を聴くように楽しくなってくる。海外文学を読んでいると「・・・と、彼は歌うように答えた」のような言い回しがときどきあるが、語学を学ぶ前の私にはその場面がうまくイメージできなかった。日本語では「歌うように話す」ということが(少なくとも私の経験としては)なかったからだ。
 また、西洋の演劇作品を日本語で鑑賞するときの感じ方も変わった。ロシア語を知らずに日本語で演じられるのを観ていたときは、なんだか大げさでわざとらしい発声・発音方法だな、と感じられた。演劇の日本語は、西洋的な表現方法に合わせていて、日本語本来の話し方からすれば不自然な感がある。しかしロシア語のあのイントネーションを知ると、「ああ、この感じを日本語で表現しようとしたのだな」ということが腑に落ちた。
 ロシア語を学びロシア文学を読んだことで、そうした西洋文化の「なんとなくイメージがつかない」「なじめない」感じに対して、少しだけ理解が進んだような気がしている。

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