フレンチトーストにオレンジピール(9)
ナオは、中学校に入るまで自分の性の在り方が他の女子と違うことに気づかなかった。
男ばかりの兄弟の末っ子として育った為、常に男達に囲まれ、女友達と遊ぶよりも男友達と遊ぶのが多かったのも要因かもしれない。同性と話す時に緊張するのもそのせいだと思っていた。
それが違うと気づいたのは中学校で初めての体育の時だった。
小学校の時は体育の授業やプールなんかは男女共有だったが、中学になった途端に別々になった。そしてその景色が女子一色になった時、言いようのない恥ずかしさがナオを襲ったのだ。
友人達の弾む声、甘い匂い、少しだけ覗くうなじ、同性同士だから胸元なども露骨に見せ合うし、着替えの時などは下着姿で猥談に花を咲かせる。
羞恥と息苦しさ、そして僅かな下腹部の疼きにナオは、その場にいられなくなり、目を閉じて素早く着替えるか、時間をズラす、生理痛がひどいと体育の授業自体を休むこともあった。それは学年を重ねるごとに酷くなった。
元々、運動神経が良く、スポーツも好きだったが刺激の少ない吹奏楽部に入った。
お昼ご飯も一人で食べることが多くなった。
トイレも誰もいない時に入った。
当然、女子たちからは奇異の目で見られたが小学校の時から人気者で成績も良く、そう言った特別な場面以外には普通に過ごしていたので、思春期特有の人見知りくらいにしか思われなかったのは幸いだろう。
むしろそのような行動を周囲はミステリアスと捉えるようになっていった。
そしてナオ自身も今の状態は一過性のものだと思っていた。高校に入れば治るだろう、と。
実際、高校に入ってからは以前のような衝動も少し落ち着いてきた。いや、慣れたと言うべきだろう。今だにトイレは1人の時に入るし、部活も吹奏楽部のままであったが中学の頃に比べれば落ち着いたと思う。少なくてもナオはそう思っていた。
それが破られたのは突然の告白からだった。
「ねえ、なんでいつも私を見てるの?」
声をかけてきたのは学年でも美少女として知られた生徒だった。
突然、呼び出しを受け、指定された場所に着くや否や彼女にそう言われてナオは戸惑った。
見ていた?私が?彼女を?
確かに綺麗な子だなあと思って見ていたかもしれないが、そんなに露骨だったろうか?
彼女は、じっとナオを見つめてくる。
ナオは、顔を赤らめて目を反らす。
その仕草に彼女は、悪戯っぽい笑みを浮かべ、そっとナオの頬を撫でる。
その瞬間、電撃を浴びたような快感がナオの背筋を走った。
ナオは、驚いて彼女を見る。
彼女は、何か確信めいた表情をする。
「貴方、レズでしょう?」
「えっ?」
ナオは、目を大きく見開く。
この人は何を言ってるんだ?
レズ?誰が?
私が⁉︎
彼女は、ナオの頬を両手で挟み、顔を動けなくすると、その膨らみかけた蕾のようなナオの唇に自分の口髭を重ねた。
ナオの思考は、停止する。
快感と混乱が身体をかき乱す。
彼女は、唇を離すと小さな舌を出して自分の唇を舐める。
「私もよ。仲良くしましょうね」
彼女は、にっこり笑って去っていった。
ナオは、腰が砕けそうになり、立ってるのもやっとだった。
その時からナオは、彼女に溺れていった。
2人は、会う度に唇を重ねた。
時には人目を偲んで交わる真似事のようなこともした。
ナオは、自分自身ですら知らなかった性癖に戸惑いつつも逆らうことが出来なかった。
彼女も自分と触れ合うことで恍惚としていることが分かる。
嬉しい。
自分が彼女に快楽を与えられていることが嬉しかった。
この夢のような出来事は永遠に続くと信じた。
しかし、その夢は、唐突に終わりを告げた。
ある日の放課後、吹奏楽部の練習を終えて教室に戻ってきたナオは見てしまった。
教室の中で男女が口づけを交わしているところを。
気まずいなあと思いつつも教室の中にはカバンを置いてあるから帰るにも帰れない。
待つしかないか、と思ってもう一度、教室の中を見て気づいた。
男子の背中に隠れて見えなかったが、もう1人の女子は、彼女だった。
彼女は、蕩けるような表情を浮かべて男子の首に手を回し、唇を貪っていた。極上の蜜を味わう女王蜂のように。男子は、彼女からの快楽に呆けた表情をしたまま唇を吸われる。
その姿が自分に重なった。
嫌悪と嫉妬と絶望で心が掻きむしられる。
ナオは、扉を開く。
そんな強く開けたつもりはないのにバァンっと開く音が教室中に響く。恐らく他の教室にも、他の階にも響いたかもしれない。
2人が唇を離してナオを見る。
ナオは、興奮に息を荒げ、2人を睨む。
男子は、突然、扉を開けて自分たちを睨むナオに明らかに動揺している。頭の中では、「この子って確かミステリアスな才女とか呼ばれてる吹奏楽部の子?」「えっなんで睨んでるの?」「見られて恥ずかしい」等、様々な考えが逡巡している。
一方の彼女は、扉の音に驚きはしたもののナオを見てすぐに平然を取り戻し、嘲るような笑みを口元に浮かべた。
「な・・・」
何をしてんのよ!と叫びたいのに声が出ない。
膝が、身体が、脳が震えて動きが結びつかない。
彼女は、そんなナオの様子を明らかに面白がっていた。
乱れた制服を整え、ゆっくりと、しかし優然と歩いてナオに近寄る。その目は狙いを定めた肉食獣のように見えた。そしてナオは怯えた猫だった。
彼女は、両手を伸ばしてナオを抱きしめる。
温かい。泣きたくなるほど温かい。
彼女は、唇をナオの耳元に近づける。
吐息すらも温かく、快楽に震えそうになる。
しかし、放たれた言葉は矢尻のように冷たかった。
「ごめんね。やっぱ男の方が良かったわ」
その後のことをナオは覚えていない。
気がついたら屋上にいた。
扉を閉めてそのまま座り込む。
涙が出ていることすら気づかず空を見上げる。
「やばい・・死にたい」
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