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明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜第6話 姉様(9)

 それからナギは住み込みで働いた。
 驚いたことに給仕達はこの屋敷に住み込みではなく、都からの通いだった。しかも来る時間もまばらで人もその時によって違う。その為にやることなすこと全てが遅い為、給仕達がくる頃にはナギが掃除も洗濯も全て終わらせていた。料理だけはジャノメ姫が作ってくれた。姫が作るだけでも異様なのに給仕達は申し訳ないとすら思っていない。
 むしろ彼女の世話をしなくて良いとほっとしているようにすら伺える。
 それにナギは恐ろしく腹が立った。
 しかし、当の彼女はまったく気にしてなかった。と、言うよりもそれが彼女の日常であった。
 ある時、我慢が出来なくなったナギが彼女に聞いた。
「姫様はこれでいいんですか?」
 ナギの憤りに対してジャノメ姫は首を傾げる。
「これでって?」
「あの給仕達の態度です!姫に仕える者としてあんなんで良い訳がありません!」
 ナギの言葉にようやく理解してジャノメ姫は「ああっ」と口にする。
「別に構わないわ。あの人たちもお父様に命令されて無理矢理来てるだけだもの。いてくれるだけありがたいと思わない、と」
 ジャノメ姫の言葉には何の澱みもなかった。本当に言葉にした通りに思っていて、本当にどうでもいいと思っている様子だ。
「それにたまに勉強やマナーを教えてくれる時もあるから感謝してるわ」
 そんなのは必用最低限のことだろう、とナギは怒鳴りたくなるのをぐっと堪える。
 なんだこれは⁉︎
 寺での生活の方が遥かに人間味があってマシではないか!
「帰りたくなった?」
 ナギの心を見透かしたようにジャノメ姫が聞いてくる。
 ナギは、驚いて目を見開く。そして首を横に振る。
「いえ、俺は姫様の世話係です」
「そう」
 ジャノメ姫は、抑揚なく答える。
「なら、これからは姫様ではなく姉様って呼んでくれる?」
「えっ?」
「貴方、12歳よね?私の方が2つ上だわ」
「いえ、そうではなく何故呼び方を?」
「深い意味はないわ。姫なんて意味のない記号よりそっちの方がいいと思っただけ」
 それ以上、ジャノメ姫は何も言わなかった。
「畏まりました。姉様」
 ナギは、頭を下げて部屋を出た。

 それから1年後にナギの運命を変える出来事が起きる。
 ナギが洗濯をしていると突然、声をかけられる。
「お前、あの化物を姉様って呼んでるらしいな?」
 緑色の甲冑を纏った武士がナギを見て嘲笑ってくる。
 それに釣られて他の武士達も嘲笑する。
 彼らはジャノメ姫の護衛として都から来ている武士達だ。給仕と同じ日替わりなので同じ顔を見たことはない。恐らく武士同士の話題の中で出たのだろう。
「まったく化物と孤児で家族ごっこでもしてるのか?なあ?」
 ナギは、頭に血が昇るのを感じた。
 その後のことは覚えていない。
 気がついたらナギを嘲笑してきた武士達は血に塗れて地面を抱擁し、ナギの拳は皮が破れ、血に塗れていた。

 ナギは、アケの私室で治療を受けていた。
「何故、こんなことをしたの?」
 ヤスリを掛けた紙のようにズルむけたナギの拳の皮膚をジャノメ姫は消毒し、器用に包帯を巻き付けていく。
 その声はいつも通りの抑揚のないものだが、少し怒りが混じっていることにナギは気づいていた。
 それくらいは気づけるくらいには2人の関係は構築出来ていた。
「あいつらが・・・姉様を・・」
「私は何を言われても平気よ。そんなことで相手を傷つけてはいけないわ」
「そんなこと・・・!」
 ナギは、声を荒げ、立ちあがろうとする。
 ジャノメ姫は、じっと蛇の目でナギを見つめる。
 ナギは、何も言えず、再び椅子に座る。
「これで大丈夫よ」
 ジャノメ姫の巻いてくれた包帯は手袋のように綺麗に傷口を包んでくれていた。
「ありがとうございます」
 ナギは、礼を言って手を引こうとする。しかし、ジャノメ姫は、ナギの手をぎゅっと握って離さない。
「姉様?」
「・・・大きな手」
「・・・まあ背は低いけど手はそれなりに」
 ナギは、恥ずかかなって頬を赤らめる。
「この手は暴力を振るう手ではないわ。人を守る為のものよ」
 ジャノメ姫は、優しく優しくナギの手を摩る。
「・・・姉様」
「貴方は強い。でもその強さの使い方を間違えないで」
 蛇の目がナギの顔を映す。
 その目は皆が恐れる禍々しきものてはなく、憂いと優しさを持った人の目と変わらなかった。
 彼女は、化物なんかじゃない。
 人間なのだ。
 ナギは、そのことを口にしようとした時、扉が開いた。
 2人の目が扉に向く。
 そこに立っていたのは緑の甲冑を纏った初老の武士であった。
(姉様の・・姫の私室にノックもせずに入ってくるなんて・・)
 ナギは、怒り、立ちあがろうとする。
 しかし、ジャノメ姫は、ナギの手を握ってそれを止める。
 初老の武士は、ジャノメ姫を見てあからさまな嫌悪を浮かべる。そして挨拶もなく2人に近寄ってくるとナギだけを見て話し出す。
「お前か。我が部下達をを拳のみで制したと言う小僧は?」
 初老の武士は値踏みするようにナギを見る。
「・・、そうだ」
 ナギは、臆することなく答える。
 初老の武士の顔に笑みが浮かぶ。
「そうかそうか。それは素晴らしい!」
 初老の武士はナギの肩を思い切り叩く。
 ナギは、不快にしか感じず武士を睨む。
 その目すら武士は気に入ったらしく笑みをさらに深める。
「お前、武士にならないか?」
「はっ?」
 初老の武士の言葉にナギは思わず間の抜けた声を上げる。
「鍛え上げたあいつらを拳だけで制する膂力、才能、こんな所で眠らせておくのは勿体無い!」
 こんな・・・ところ?
 ナギの目に怒りが宿る。
 ジャノメ姫がナギの手をぎゅっと握る。
 ナギは、ジャノメ姫を見る。
 ジャノメ姫は怒ってはならないと首を横に振って伝える。
 ナギは、唾と共に怒りを飲み込む。
「どうだ?」
 初老の武士が覗き込んでくる。
「・・・俺は姫の世話係だ。ここから離れるつもりは毛頭ない」
 ナギの返答が予想外だったのか、初老の武士は驚きに目を丸くする。
「・・・私は構いませんよ」
 ジャノメ姫が抑揚のない声で言う。
 ナギは、驚き、初老の武士は不快げに顔を歪める。
「さっきも言ったでしょう?貴方の力は暴力だけに使ってはダメ。人の為に使いなさい」
 ジャノメ姫の手が優しくナギの手を摩る。
 この人は・・どこまで優しいのだろう・・。
 ナギは、その手をじっと見て・・そして決意する。
「条件がある」
「なんだ?」
「武士になるのは構わない。しかし、姉・・姫様の世話係を続けるのが条件だ」
 ナギの言葉に初老の武士は呆気に取られる。
「お前・・・本当にいいのか?」
「そうだ」
 揺るぎのないナギの目。
 初老の武士は渋々と了承した。
 ジャノメ姫もナギの条件に驚いていた。
 ナギは、ジャノメ姫に向かって笑みを浮かべる。
「俺は武士になります。でも、それは国の為の武士じゃない。姉様。貴方に仕える武士です」
 そう言ってナギは、頭を下げる。
 それがその後、近衛大将になるナギが主君に忠義を誓った瞬間であった。

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