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看取り人(2)

 宗介は、渋面する。
「看取り人?」
 その声は、明らかに不機嫌であった。
 元気な頃であったら怒鳴りつけていたことだろう。
「何の冗談だ?」
「冗談ではありません」
 看取り人と名乗った少年は臆する様子も見せずに言う。
「僕は、このホスピスから正式にお願いされて参りました」
「ホスピスから?」
 宗介は、鼻で笑う。
 子どもの戯言にしか聞こえない。
「何でホスピスが君みたいな子どもにお願いするんだ?」
 宗介の言葉に看取り人は、眉を顰める。
「貴方がホスピスにお願いしたんでしょう?看取り人をつけて欲しい、と」
 今度は、宗介が眉を顰めた。
 看取り人の話ではこうだ。
 このホスピスには身寄りのない入居者を対象に看取り人と言うサービスを導入している。その内容としては入居者が最後を迎えるその瞬間に1人にならないよう、誰かに見送られながら旅立つことが出来るよう、看取り人と呼ばれるボランティアに依頼し、看取りをお願いしているのだ。
 もちろん、入居者の同意を得た上で。
 宗介は、水気のない口を丸く開ける。
 そう言われてみれば入居の契約をする時にそんな話しがあったような気がする。しかし、どうせ自分の死んだ後のことだと思い、代理人に任せればいいと聞き逃していたのだ。
 そう理解した瞬間、宗介は小さく笑い声を上げる。
 看取り人は,突然笑い始めた宗介を訝しむ。
 「なんだ・・・そのサービス?」
 入居者が1人で旅立たないように看取る。
 言い換えれば死刑宣告ではないか。
 もう直ぐ、いや、あと数時間もしない内にお前は死ぬんだぞと告げているようなものではないか。
 そう思った途端に宗介は看取り人が死神に見えた。
 制服を着た高校生の死神に。
 まったく怖くない。
「それじゃあ君は、俺が死ぬまでずっとそこに座っているのかい?」
 宗介は、小馬鹿にするように言う。
「はい。仕事なので」
 看取り人は、真面目に答える。
 あまりの真面目さに笑いが込み上げる。
「仕事ってボランティアだろ?何の報酬もないんだろう?」
「はいっ精々、交通費とお礼のシュウマイ弁当をくれるくらいです」
「はっ!」
 宗介は、息を吐き出すように笑う。
 俺の死は、交通費とシュウマイ弁当くらいの価値しかないわけだ。
 馬鹿馬鹿しい。本当に馬鹿馬鹿しい。
 これなら家で死んだ方が遥かにマシだった。
 しかし、看取り人は、そんな宗介の心情を読み取ることなく続ける。
「後はネタを頂きます」
 その言葉に宗介は、薄くなった眉を動かす。
「ネタ?」
 看取り人は、頷く。
「はいっ小説のネタです」
 宗介は、看取り人の膝の上にあるパソコンを見る。
「君は、小説家なのか?」
「いいえ。小説家志望です。投稿サイトにもあげたことはありません」
「ふうんっ。それじゃあ俺の死をネタにするのか?」
 悪趣味だ。
 本当に制服を着た死神に見えてくる。
「いえ、あくまで経験です。物語を書くには頭だけではダメです。何よりも肌に触れた経験が必要ですから」
「・・・経験ねえ」
 宗介は、天井を見る。
 無機質で節目を数えるだけだった白い天井が少しだけ明るく見えるのはLEDの電灯のせいか?それとも天国への門が近づいてきたからか?
「それじゃあ君は俺が死ぬまでずっとそこで見ているのか?」
「そうなりますね」
 看取り人は、パソコンに目を落とす。
「貴方が何か話してくれるなら別ですが」
「・・・話して欲しいのか?」
「どちらでも・・。初対面のしかもガキに話したいと思えば」
 宗介は、乾いた唇を釣り上げる。
 面白い小僧だ、と思ってしまった。
 少なくとも自分の言うことを聞くしか能のない役員たちよりは遥かに面白い。
「俺のことはどのくらい知ってる?」
「少しだけ。お名前と職業、ご病気のことくらいです」
 宗介は、パソコンから目を開ける。
「貴方の会社の作ったゲームアプリを幾つかパソコン入れてます。非常に面白くて参考にさせてもらってます」
「そりゃどうも」
 宗介の顔から笑みが消える。
「そんじゃアプリを落としてくれたお礼に一つ話をしてやろう。言っとくがITの話しなんて一つもない。ただの思い出話しだ」
「思い出話し・・・?」
 看取り人は、目を細める。
「ああっ俺がちょうど君と同じ年くらいの・・小説で言えば青春小説だ」
 宗介は,看取り人を見る。
「好みか?」
「そんなに読みませんが嫌いではないです」
 看取り人のはっきりとした物言いに宗介は笑う。
 最後の数時間にこんなに笑わせてもらえるとは思わなかった。
「この話しの登場人物は概ね3人だ。俺と・・そうだな。アイとシーとでも言おうか。どっちも仮名だ」
「でしょうね」
「増えたらすまんな。語るのは得意じゃない。それに途中で終わるかもしれないぞ」
「・・・構いません」
 看取り人は、視線を落とす。
 宗介は、三度、天井を見る。
 そこにこれから語る物語ストーリーのあらすじが書かれているかのように視線を動かす。
「これは俺が高校時代の話しだ。俺は・・初めて恋と言うものをした」

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