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まっすぐ王

 これからはどんな壁にも背を向け逃げることなく、まっすぐ生きよう。そう決意した王様は、ベッドから起きるなり、さっそく壁にぶつかった。
 王様の寝室は入り口が南側にあり、一番奥の北側にベッドが横におかれていた。ベッドの頭の部分が西側、つまり、起き上るとちょうど東を向く格好になる。その東側には、サイドテーブルが一つあり、そこから三歩ほど先が壁になっていた。
 だから王様は毎朝目覚めると、まず体を右向きに起こしてから、南側の入り口に向かって歩く。入り口をぬけて、さらに南の洗面所に向かい、そこで顔を洗ってから、天気の良い日はガレージで、そうでない日は、西側の応接間で一服するのが日課になっていた。しかし、まっすぐ生きると決めた王様は、そうするわけにはいかなかった。
 王様はまず、まっすぐの位置にある目の前のサイドテーブルを横に移動させた。そして、その先にある壁をしばらく見つめた後に、家来を呼び、電気ドリルで壁に穴を開けるよう命じた。駆けつけた家来たちは、王様の命令に一瞬戸惑ったが、すぐに電気ドリルをもってきて、壁に人が通れるだけの大きな穴を開けた。
 その壁の向こう側で寝ていた王様の母親は、電気ドリルが壁を突き破る音にびっくりして飛び起きた。寝巻姿のまま呆然とする母親には目もくれず、王様は、壁にぽっかり開いた穴をくぐりぬけて、母親の寝室へ入っていった。
 なにはともあれ、王様はまず顔を洗いたかった。しかし、南側の洗面所へ行くには、一度右に曲がらなければならない。が、まっすぐ生きると決めた以上、そうはできない。仕方なく王様は、水と洗面器を家来たちにもってこさせて、母親の寝室で顔を洗い、ついでに歯磨きもその場ですませた。それからすぐにトイレに行きたくなった王様は、便器の代わりになりそうなバケツと、トイレットペーパーをもってくるよう家来に命じた。
 これまでの経緯から、王様がこの場で用を足すであろうことを察知した家来たちは、さすがに困惑した。しかし、王様の命令は絶対である。
 言われるがまま、一人の家来が便器の代わりになりそうなバケツをもっていくと、別の家来が気を利かせて、バケツの周りをビニールシートで囲った。さらに香が焚かれるなどし、最低限の環境が整えられてから、王様は満足げにその中で用を済ませた。
 その後、母親の寝室のもう一方の壁も突き破って、その先にある廊下で朝食を済ませた王様は、天気が良かったので、狩りに出かけることにした。
自慢の弓を抱えて、馬にまたがった王様は、意気揚々とまっすぐ東に馬を走らせた。すぐ横に、手頃な鹿の群れがいたが、王様はそれに見向きもせず、ひたすら東に馬を走らせた。
 しばらくすると、王様の前方から巨大なイノシシが突進してきた。それを見て慌てふためく家来たちをよそに、王様は迷わず直進し、イノシシ目がけてありったけの矢を放った。そのうちの一本が、偶然にもイノシシの急所に突き刺さったのを見て、家来たちは王様の勇気と弓の腕前を大いに褒め称えた。
 やがて日が暮れて、家来たちは帰り支度をはじめた。久々のイノシシ料理に、王様も家来たちも胸を躍らせていた。今日一日、王様は一度も後ろを振り返っていなかった。どんな障害からも逃げることなく、まっすぐ進んできた。だからイノシシを捕れたのだと、王様は思った。
 しかし、これからも「まっすぐ」を貫くためには、城へ帰るわけにはいかなかった。王様は、城には帰らず、このまままっすぐ東へ進むことを家来たちに告げた。さらに、もう二度と城には戻れないかもしれないと、王様は言った。
 それを聞いた家来の一人が、王様に理由を尋ねた。しかし王様は「考えがあってのこと」と一言いったきり、それ以上は何も言わなかった。
 そんな王様の「考え」を伝えるべく、数人の家来が城へ戻ると、城内は騒然とした。一番心配したのは、王様の母親だった。朝起きた息子が、電気ドリルで壁に穴をあけ、バケツに用を足し、狩りに出かけたと思ったら、もう二度と城には戻ってこないかもしれないという……。
 いくら考えても、正気の沙汰とは思えなかった。彼女は息子の目を覚まさせるべく、説得に向かったが、王様はまるで聞く耳をもたなかった。仕方なく、野宿に必要なテントや食料を用意し、さらに、護衛のための兵士五百人に、王様に付き添うよう命じた彼女は、もしもの時は、王様の叔父にあたる彼女の弟に、城をまかせようと思った。

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