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地元民の矜持


(TVブロス2015年9月掲載のコラムに加筆と修正を加えたものです)

 2015年に、『止まりだしたら走らない』(リトルモア)という短編小説集を出版した。収録されている短編の中に、いつもディスカバリーチャンネルで海外の映像を眺めては「生きているうちにそこへ行くことはないだろう」とぼんやり考える女性の話がある。

 テレビを見ながら行く予定のない場所に思いを馳せるのは、ある意味「正しいテレビの使い方」だ。だが、逆の出来事もある。「地元がテレビに映る」という事態である。かなりの人がこの出来事を前にして平常心を失うことが明らかになっている。

 孔子曰く「われ四十にしてテレビに地元出て惑わず」だそうだが、四十を越えても大騒ぎする人はものすごくたくさんいる。行ったことのある近所の店がグルメ番組に取り上げられていて、チャンネルを躊躇なく変えられる人がどれくらいいるだろうか。見たことのある店主がタレント相手に緊張している顔を見たくないとでもいうのだろうか。

 また、人は地元がテレビに取り上げられると「なぜか、上から目線になる」といわれている。「お手並み拝見といこうかね?」と、腕組みして見てしまうのだ。よく行く飲食店が名店として取り上げられていたりすると「なかなかいいチョイスじゃないか」と自意識過剰に褒め、「明日から行きにくくなるじゃないか」と自意識過剰な懸念を抱くのである。

 逆に、近所なのに存在も知らなかったスポットが取り上げられていると、これはかなり悔しい。「新入生にレギュラーの座を奪われた」みたいな少年漫画的敗北感だ。その場合は「よそ者が目をつけるところなんて、きっと大したところじゃない」と結論付ける。

 以前、何気なく見ていたドラマの背景に実家が写り込んでいたことがあり、家族で大騒ぎになった。録画して一時停止した画面を指さしながら「これ家だ」「家だ」と連呼していた。

 テレビに地元が映ると人はバカになる。

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