見出し画像

夜会

 夜半に目が覚めた。手探りで携帯電話を開いてみると2時48分だった。冷えた肩を布団のなかにうずめ、年末のひとり留守居をなんとはなしに寂しく感じた。いや、ひとりではなかった。老犬がどこかの部屋で戻らぬ家人を待つようにして寝ているはずだ。
 しばらく闇のなかをうつらうつらとしていると、遠くのほうからドーンという、低く長い音がかすかに鳴った。急に意識がはっきりして、いまのは車がどこかにぶつかった音かもしれないと、いわれもなくそう思った。
 車の事故はびっくりするほど大きな音を響かせるものだ、などと考えていると、ふたたび同じようなドーンという音が、こんどはもっとはっきりと聞こえた。
 部屋がすこしばかり揺れた感じがした。これは車の事故などではないなと思い直した。よく聞くと音の種類がちがうのだ。低く長い、そして深い響きを含んでいる。
 そのうちサイレンが幾重にも重なり、折り合って往来するのが、はるか遠くからではあるが、はっきりした像とともに耳に届いた。これはひょっとすると重大な事故かもしれないと、寝返りを打ちながら思った。ガスが爆発したとか、道路が陥没したとか、いずれたいへんな事態を想像した。
 そのとき三回目の爆発音が響き、その大きさと輪郭がはっきりとして、もはや寝ていられず、起き上がって、カーテンを開いた。暗がりに慣れた目に、向こうの奥の赤く焼けた空が飛び込んできた。すぐわきの道路からはひとの気配とざわめく声がする。その人数はどんどんと増え、集まったひとたちの不安を煽るかのように、ヒステリックに「空襲だ!」と叫ぶものさえいた。
 ぼくは寒さにぶるっと震えると、布団にもどった。空襲だなんて、いくらなんでも冗談が過ぎるというものだ。いずれ遠くの火事であるのだから、朝までもうひと寝入りすることにしよう。
 外の興奮とはうらはらに、ぼくはどうしようもなく眠くなった。サイレンはひときわ大きく鳴り響き、叫喚にも似た怒号が行き交うようになっても、ぼくはますます身体をこごめ、もぐるようにして体勢を整えた。そのままゆっくりと、この眠気に身をまかせて、空襲とやらに備えようかと思う。
 するどい地響きとともに、こんどはすぐ近くで爆発が起きた。耳が割れるかと思った。チャイムが鳴った。同時にはげしくドアを叩きながらなにかを叫んでいる。ぼくは布団にくるまったままだ。なんどチャイムを鳴らそうが、ここから出るつもりはない。なぜならこうしているのが一番安全だとわかっているからだ。
 もうひと寝入りしよう。うまいこと目が覚めたなら、それはそれで新しい朝だ。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?