クリ物3タイトル入

クリスの物語Ⅲ #50 山小屋

 転移した先は、小屋の中だった。丸太でできた、小さな小屋だ。
 木でできたテーブルに6脚の椅子がセットされ、ソファが向かい合って2脚並んでいる。そしてその向こうには暖炉があり、その横に薪が積まれている。

 なんだかまるで、登山家が山登りの途中に立ち寄るための休憩所みたいだ。
 窓の外は、霧が立ち込めていて何も見えない。
 ぼくたちはソファに無言で腰かけ、スタンだけが椅子に座った。

「なんか、地表世界とあんまり変わらないね」
 隣に座る沙奈ちゃんに声をかけると、沙奈ちゃんも小屋の中を眺め回して「そうだね」と、返事をした。

 風光都市は独自に進化した文明を持っているとソレーテがいっていたから、地底都市みたいにもっと近代的な街だと思っていたけど、地表世界とさほど変わらない気がする。ここエンソルゾーソだけが、特別そうなのかもしれないけど。

 そうしてしばらく待っていると、転移装置の光が強くなって、その上で光の粒が形を取り始めた。その後、一瞬で残りの3人が姿を現した。

『わたしたちの足跡を消したから、しばらく闇の勢力にもここが気づかれることはないわ』
 スタンの向かいの椅子に腰かけると、先生がいった。
 エランドラと桜井さんもソファに座った。

『まず、わたしたちが誰かっていうことだけど』
 足を組んで先生がいった。
『わたしたちは、銀河連邦から直接クリスタルエレメントの取得をいい渡された選ばれし者よ。地のクリスタルエレメント“テラ”を入手したのもわたしたちよ』

 沙奈ちゃんがちらっとぼくを振り返った。驚きながらも、いぶかしむような顔をしている。

『今回、ウェントゥスの取得に当たってはわたしたちが特別任されていたわけではないけど、風光都市が今このような状況になってしまっていることを受けて、上村君たちのサポートをするように命じられてこうしてやってきたのよ』

 本当だろうか?ぼくは、エランドラを見た。
 エランドラは、ゆっくりとうなずき返した。どうやら、嘘ではないらしい。
 ということは、先生は闇の勢力の人間ではないということか。でも、そうすると疑問に思う点がたくさんある。

 まず、なんで先生は沙奈ちゃんや桜井さんを操って悪魔を召喚させたりしたのか。それに、なんで悪魔を見て驚いたり、気絶したり記憶を失ったような演技をしたのか。そもそも、なんでぼくの前に現れて、身分を隠して教師をしていたのか。
 ぼくの疑問を読み取ったのか、先生が説明を始めた。
『旧校舎裏の倉庫でのことだけれど、確かにわたしは松木さんや桜井さん、それに坂本君たちを使って悪魔召喚を行ったわ。でもそれは、上村君の適性を見るためよ』
『適性?なんでですか?だって、ぼくはすでにクリスタルエレメントをひとつ手に入れているんです。選ばれし者である適性があることは、もうすでにわかっているんじゃないですか?』
 先生は、うなずいた。
『ええ、その通りよ。でも、今回はもっと強大な敵だから。だから、桜井さんに召喚してもらうのもなるべく強大な悪魔にしたのよ。桜井さんが召喚できる中で最も強大な悪魔をね。そうしたら、それがたまたまアーマインだったから、上村君たちも変に勘ぐったりしたのかもしれないわね。わたしが闇の勢力で、上村君を仲間に引き込もうとしているって』

 ぼくたちの考えを読み取ったのか、先生がそういってくすっと笑うと、沙奈ちゃんが「そんなの信じられない」といった。

「だったら先生はなんであの時気を失ったり、校長先生たちには悪魔なんていなかったっていったり記憶を失っていたというような嘘をついたりしたのですか?」
 沙奈ちゃんが質問を浴びせかけた。
 先生は腕を組んで沙奈ちゃんを見つめ返した。

「だって、考えてもみて。他の先生方に悪魔がいたといって、あんな堅物のおじさんたちに信じてもらえると思う?わたしは新人教師という立場だから、下手なことをいって校長に目をつけられて、職を追われるようなことになるわけにはいかないの。少なくとも、銀河連邦から指示を受けているうちは」
「銀河連邦の指示?じゃあ、先生がぼくの前に現れたのも銀河連邦の指示なんですか?吉田先生を療養に追いやってまでして。それも、銀河連邦のやったことなんですか?」

 よくよく考えても、そんなことは銀河連邦のすることとは思えない。どちらかというと、やっぱり闇の勢力がやりそうな手だ。

「吉田先生は表向き療養ということになっているけど、別のところで元気に教鞭をとっていらっしゃるわ」
「別のところ?別の学校っていうことですか?」
「ええ。まあ別の学校といえば、そうね」
 あいまいな返事を先生はした。

「それと、わたしが上村君の前に現れたのは、おっしゃるとおり銀河連邦の指示よ。闇の勢力があなたのもとへ迫っていたからよ。だから、わたしが監視するように命じられていたの」
「でも、そんなこと信じられると思いますか?だって、銀河連邦が悪魔を召喚するようなことを指示するなんてありえないでしょう?」
 沙奈ちゃんがなおも食って掛かった。

「もちろん、あのとき上村君やあなたたちに危険があればわたしが何とかしたわ。でも、アーマイン程度であれば上村君も問題ないと思っていたけれど。それで手こずるくらいなら、そもそも今回の件は難しいしね」
「今回の敵は強大っていうけど、それはウェントゥスを守るドラゴンのことをいっているんですか?」
 ぼくの質問に、先生は首を振った。
「それもあるけど、わたしがいっているのは闇の勢力のことよ」

「でも、だからって何もそこまでする必要なんてなかったんじゃないですか?」
 責めるような口調で沙奈ちゃんがいった。
「ええ。もちろん松木さんや、あとそちらの桜井さんのことも巻き込んで申し訳ないとは思うわ。でも、本当に安全なことだったし、わたしも銀河連邦にいわれてのことだから。銀河連邦も時として悪魔のような存在を使うこともあるのよ。悪用するようなことはもちろんないけど」

『この方がおっしゃっていることは、恐らく真実よ』
 ぼくたちのやり取りを黙って聞いていたエランドラが、突然口を挟んだ。
 憮然とした表情で振り返った沙奈ちゃんに、エランドラは微笑みかけた。

『銀河連邦からの指令で話せないこともあったのでしょうし、あなたたちにも素性がばれないように振る舞う必要もあったのでしょう。あなたたちが納得いかないのもわかるけれど、わたしには、少なくとも今この方がいっていることは真実だとわかるわ』

 そうなのか。まあ、エランドラがいうんだからきっとそうなんだろう。
 少し釈然としない気もするけど、でも先生がいっていることが本当ならたしかにつじつまは合う。
 沙奈ちゃんは納得したのだろうか?
 目が合うと、沙奈ちゃんは腕を組んで肩をすくめた。


お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!