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病気よりも差別や偏見と闘うHIV/エイズ患者たち

12月1日の「世界エイズデー」をきっかけに「Dらじ」でHIV/エイズに関する話題を取り上げました。ゲストは、大同病院 感染症内科でエイズの治療に取り組んでいる林 雅医師です。
HIV/エイズは治療を開始さえすれば感染性を制御できる病気となりましたが、未診断でいるうちは他の人を感染させてしまうリスクがあります。検査に一歩踏み出せないのは、いまも続く差別と偏見であり、また高齢化という新たな問題も出てきているといいます。HIV/エイズ患者さんが抱える #生きづらさを語る ことにも挑みました。(2023年12月14日配信)《エイズについてその2》

新たな偏見の壁を乗り越えよう

イズミン 林先生はなぜ感染症、それもエイズに力を入れるようになったのですか?

ハヤシ もともとどこかの臓器を専門的に診たいということはなく、専門診療科の枠を超えて、全身的に関われるというのが感染症の分野でした。どうしてこの感染症になったのかというストーリーがあることが割と多いのですが、そういうところを紐解いていくところに医学的な面白さを感じています。
 またすごく大きな手術をして手術自体がうまくいったのに、術後にいのちに関わるような重症な感染症を発症した患者さんに感染症内科として関わったりすると、やりがいを感じますね。
 エイズについては、わたしが研修医のときに、偶然肺炎になって入院した患者さんが、実はエイズだったという症例がありました。その方はエイズを発症したことよりも、HIVに感染していたという事実を受け止めきれない様子で、それがわたしの中ですごく印象的な出来事だったんですね。ご本人は友人や家族など人間関係のことをすごく心配されていました。

シノハラ やはり偏見を持たれるんじゃないかとか、自分がHIV感染症だと知ったら今まで仲良くしていた友人も遠くに行っちゃうんじゃないかとか、そういう不安が結構あったということですか。

ハヤシ そうですね。面会に来られても、絶対に病気のことはわからないようにしてほしいとか、そういったことをすごく心配されていました。
その方は肺炎の治療が無事完了してHIVの根本的な治療のために転院されていったのですが、当時わたしはHIVに関して全く知識なかったので、彼らは長く生きられないんだろうなと思っていました。
 その後、ご縁があって、名古屋医療センターという東海地方の中核的なエイズ拠点病院になっている病院に赴任することになって、そこで、改めてHIV診療を始めることとなりました。
 実際に多くの患者さんを診療させてもらうことになって、もちろん治療に難渋するケースというのも経験しましたが、HIVの薬物治療を開始すれば、完治はできないながらも、ほとんどの方が身体的には問題なく過ごすことができるようになるとわかりました。しかし、病状が安定してからは、HIV/エイズという病名に悩まれるケースがほとんどだということを感じました。

イズミン HIVの方が闘っているのは病気というより社会的な問題だとおっしゃっていましたね。

ハヤシ 例えば、HIVの方たちだって、風邪をひいたり、もちろんコロナになったりもします。そういうときに近所のクリニックなどにかかりたいと思っても、近所だから病名を知られたくないとか、医療機関によっては病名を伝えると診てもらえなかったりするのです。先ほどお話したように、職場やご家族に言えないといった身近な人間関係で悩む方も多いです。

シノハラ 先生はそういう方々に接して、状況を良くするために活動されているということですね。

ハヤシ わたしができるのは、どうしても医療の側面からの介入にはなってしまいますが、心身ともに健康に過ごしてもらえるようにサポートしていければと思っています。
 医療従事者でも、HIVに対する理解がなかなか乏しいことも多いです。病状がわからない、どういう病気かわからないという事実がありますので、少しでも多くの方にHIV/エイズについての知識や理解を深めてもらえるように努めていきたいと思います。

差別や偏見と闘う

イズミン エイズには本当にいろいろな意味で差別がありますよね。

ハヤシ 前回お話したようなパニックが日本で起こったときには、患者さんの個人名が新聞に載ってしまうという悲しい出来事もありました。

イズミン 感染症による差別というと、記憶に新しいところはコロナウイルス感染症でもいろいろなことがありましたよね。古いところでハンセン氏病などでも社会的に隔離されました。やはりよくわからない感染症ということで、誤解が生じ、差別に繋がることはしばしばありますよね。

ハヤシ そうですね。ハンセン病やエイズ、コロナ、いずれも世に知られた際にどんな病気かわからないからこそ恐怖を感じて、自分も感染してしまうのではないかとか、周りから差別されてしまうしまうのではないかという考えに、世間が支配されてました。コロナの流行初期には感染したこと自体で差別を受けてしまい、病状の悪化以外にも社会的な立場が脅かされるという恐怖も強かったですよね。
 でもHIVの感染経路については現在は粘膜、つまり性行為などによる感染がほぼ全てです。HIVに感染したとしてもすぐに免疫が落ちるわけではないので、やはり早期に診断がつき、早期に治療をすれば、身体的には元気に人生を全うすることが可能になっています。

HIV患者数は増えている

イズミン HIVの感染症は制御可能になりましたが、HIV感染者数そのものは増加しているんだそうですね。

出典:厚生労働省

ハヤシ 現在、日本国内においてはここ数年間の新規感染者の数というのは減少しているんですけど、これは、やはりコロナ禍の影響で検査数が減ったことが影響しています。実際に検査をやっているのは主に保健所、保健センターですが、コロナの影響でもう保健センターはほとんど機能できない状況になりました。検査数は半分以下に減ったといわれているので、新規患者数減少も見かけの減少であって、実質的には潜在的な数はかなりいらっしゃるのではないかと考えられています。
 それ以外ですと、HIV検査ができる場所は増えています。地下鉄のドアに無料検査のポスターが貼ってあったりしますし、医療者のあいだでもHIVへの認識が少しずつ高まってきているので、診療所や病院などで診断される機会も増えていると思います。

シノハラ 累積の患者数は増えているんですよね。

ハヤシ 治療が進歩したことで、より長期間の生命予後が確保されてきました。エイズを発症して亡くなられる方が減り、逆に言えばその感染者の方が普通に人生を全うできるようになったために、相対的な数が増えているといえます。

イズミン コロナは特殊な事情でしたが、HIV感染が減る要因があるとしたら何なのでしょうか。

ハヤシ そうですね、減らすといしたら、まずはHIV未診断の方を減らすということが一番なんです。感染していても知らずに性行為があったりすると、それが感染のリスクになります。なので、なるべく検査数を増やして少しでも診断数を増やすことが、HIV/エイズを減少させるための一番の手段だと思います。

シノハラ なるほど、HIV/エイズだと診断できれば、それ以上感染しないように治療介入して、それ以上は感染を広げず、新規の方は減るということですね。

ハヤシ そのため、いろいろなところで検査ができるようになっていますし、リスクがある方っていうのは、正直ご自身である程度わかっていることも多いと思うんですね。そういう方にどうやって「一度検査をしてみませんか」と促すことも大事だと思っています。

イズミン つまり見かけ上の新規感染者数というのはさほど問題ではなく、先ほどおっしゃった「未診断」の方を減らすことが一番重要なんですね。

エイズにも襲いかかる高齢化問題

イズミン あと皆さんが元気に余命を全うできるようになったということで、高齢化の問題が出てきているそうですね。

ハヤシ 70~80代の患者さんは増えてきています。当然のことながら、がんや心臓病、脳卒中といったごく一般的な病気も多発していますし、またそういった方が年齢とともに認知症になったり、慢性の老年病などで介護が必要になったりするケースももちろん出てきます。ところがHIVという病気がネックとなって、例えば介護施設に入所できないといったことも課題となっています。HIVの治療は日々進歩していますが、社会での、この病気に対しての認知や偏見は、だからあまり大きく変わっていないということが問題だと感じますね。

イズミン そういったことに対して、林先生たちがいろいろないろいろな取り組みをされているそうですね。

ハヤシ はい、大同病院は地域のエイズ診療拠点病院です。これは地域におけるエイズ診療の中核的役割を果たすことを目的に整備されたもので、さまざまな症例に対応した医療を提供できる病院であるほか、地域の他の医療機関と連携したり、医療従事者の方々の教育をするなどの役割を担っています。
 だから私たちは、HIV/エイズ症例に積極的に対応すると同時に、地域の医療・介護従事者の方々に、HIVに関する正しい情報をお伝えして、患者さんたちが必要な医療・介護サービスをしっかりと受けられるように取り組んでいく責務があるんです。

イズミン 医療や介護のサービスを受けられないのは非常に大きな問題ですね。でも差別・偏見を別にして、医学的には血液感染が問題になるんですか?

ハヤシ 医学的には、例えばB型肝炎やC型肝炎の患者さんでも治療していない方はいっぱいいます。そういった方々の血液が、針刺し事故などで医療者に触れてしまったらどうするか、ということと対応は同じなんですね。なので「針刺しに気をつける」ということはどの患者さんに対しても、当たり前のことであって、エイズだけに対する恐怖というのはイメージの問題だけだといえます。

イズミン やはり“イメージの問題”に行き着いてしまうわけですね。

シノハラ 基本的に血液は針刺しなどに注意していれば、別に感染する機会はないですもんね。

ハヤシ 特にHIVだとわかっていればほとんどの方が治療されているので、感染性は抑えられている状況です。だから針刺しをしたとしても感染する可能性は極めてゼロに近いんです。

イズミン よくわかりました。HIV/エイズに関して正しい知識を身につけて、差別や偏見なく、感染症の方々が必要な医療やケアを受けられるようにしていかないといけないですね。

シノハラ 特にわれわれ医療者は特に、そういう情報を共有して正しい知識を身につけて、ちゃんと対応できるようにならないといけないですね。

イズミン 林先生、これから頑張ってください。2回にわたってどうもありがとうございました。


ゲスト紹介

林 雅(はやし・まさし)
大同病院 感染症内科および総合内科に所属。研修医時代にたまたま遭遇したエイズ患者さんの「病名」に対する不安に心を痛め、エイズ診療に取り組みはじめた。ほかに感染症内科としては、院内の感染症に関するコンサル、耐性菌対策、新興感染症への対策などを行っている。
趣味は野球観戦、阪神タイガースの熱烈なファンである。


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