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胃がんの手術~人間vsロボット

がん患者は年々増え続けていますが、胃がんの患者はその原因の多くを占めていたピロリ菌感染対策が進んだこともあり減っているとのこと。しかし依然として胃がんによる死亡者数は多く、治療の重要性は高いです。早期ならば内視鏡で治療できることもあるけれども、リンパ節転移の可能性や胃壁への浸潤度合いによっては外科医の登場です。
大同病院では早くから腹腔鏡によるお腹を切らない手術に力を入れてきましたが、そこに2022年秋、手術支援ロボット「ダヴィンチ」が導入され、その治療は進化しています。消化器・一般外科部長の三宅隆史医師に話を聞きました。

胃がん患者は減っているが、高度な外科手術のニーズは高い

イズミン がんは現在日本人の死亡原因の第1位であり、2人に1人ががんにかかると言われています。患者数も増えているんですけども、胃がん患者数というのは減っているんだそうですね。

ミヤケ そうですね。胃がんの発生原因のかなり多くを占めてきた「ピロリ菌」の除菌が普及し、胃がん患者さんの数が減ってきたと考えられています。元々この菌は衛生環境が整ってないところに多く発生すると言われていて、井戸水などから感染するケースも多かったのですが、衛生環境が整ってきた現代においては感染者数も減少傾向かなと思われます。

シノハラ ピロリ菌の除菌というのは、いわゆる抗生物質を一定期間飲むのですよね。

ミヤケ はい。抗生物質2種類と、あとプロトンポンプ阻害薬と呼ばれる胃薬の合剤を1週間飲んでいただきます。ただ、かつては9割はそれで除菌できると言われていたんですけど、抗生剤の耐性菌がけっこう出てきていて、最初の除菌で完全に消えないこともあるようです。

イズミン そうやってピロリ菌などによって胃がんが発生してしまった場合は治療が必要になります。胃がんの検査は内視鏡で行われることが多いですが、治療も内視鏡でできることが多いですよね。

ミヤケ いま、検診が発達してきているということもあって、内視鏡で切除できるがんが早期に見つかるようになってきたと言えます。ただ、内視鏡で取れるがんというのは、ごくごく初期のもので、胃壁への浸潤が浅いものやリンパ節への転移の可能性が低いとわかっているものに限定されます。

イズミン 内科でもESDなどの優れた治療があるようですが、どのような場合に外科的治療に至るんですか。

ミヤケ 簡単に言えば、内科の先生が切除できないと判断したもので、ある程度進行したがんはほぼ全て外科が担当します。
ESDというのは、Endoscopic Submucosal Dissectionの略で、日本語にすると内視鏡的粘膜下層剥離術と言いますが、胃の壁というのは粘膜、粘膜下層、筋層、漿膜(しょうまく)下層、漿膜という五つの層にわかれていて、Submucosalとは粘膜下層のことです。この粘膜およびごく浅い粘膜下層までの深さにできたがんに対して、粘膜下層までを内視鏡下で剥がし取ってくる治療になります。これは内科でできます。

シノハラ 要はがんがそのレベルに局在していれば、その粘膜下層を内視鏡的に剥がせば、がんが取り除けるっていうことですね。それよりも胃壁の深くに浸潤してるとか、浸潤はそこまでかもしれないけどリンパ節という免疫の働きを司るところにがんが転移している可能性がある場合は、ただ単に削り取るだけでは対応できないということですね。

ミヤケ そうです。がんの組織型、大きさ、深さ、潰瘍の有無という4つの指標によって、これまでの統計でリンパ節の転移が1%以上あるとわかっている場合には、その部分を切除したとしても、ある程度リンパ節の転移が潜在的にあると判断されます。そういう場合は、リンパ節もしっかり取ってくる外科手術が必要となります。

イズミン 組織型には分化型、未分化型などがあると聞いていますが、どういったものでしょうか。

ミヤケ 分化型・未分化型っていうのは、すごく簡単に言えば、固まって成長するか、バラバラとがん細胞の一つひとつが正常な組織の間に入り込むようにして育っていくかという違いです。例えば胃でいうと、粘膜の構造にだんだん細胞が育って成熟していくことを分化といい、ある程度正常な胃の粘膜に近い構造を持っているがんを分化型といいます。
 未分化のほうは、まだ生まれてどっちにどっちの方向性に育っていくかわからないような未熟な細胞の状態です。分化型のほうがまだちょっとまとまりがあるというか、おとなしい性格で、塊を持って成長していくんですけども、未分化のものはどこに行くかわからないのでどんどん育って、早くにリンパ管や血管の中に入っていってしまいます。

シノハラ 未分化型のほうが治療は難しいということになりますね。

ミヤケ そうですね。再発率も高いと思います。

イズミン 外科手術では、部分切除とか全摘とかあると思いますが、どのような方法があるのですか?

ミヤケ 基本的には胃がんで僕らが手術をする場合には、幽門側胃切除か、噴門側胃切除、あるいは全摘です。幽門は胃と十二指腸のあいだ、噴門は食道と胃のあいだのことで、幽門を含めた下側の部分を取るのが幽門側胃切除、噴門を含めて上側を取るのが噴門側胃切除です。胃全体にがんが進展していれば全部取る、というイメージです。
 あと、一つ付け加えておくと、上の方にできるがんっていうのは、進行したがんの場合、噴門側胃切除でいいかというと、ちょっとそこは難しくて、リンパ節を取ることが外科的切除の重要なポイントの一つですが、それが不十分になる可能性があります。進行した噴門に近い胃がんの場合には、胃全摘になるパターンもあります。これはこれからの研究で変わってくると思いますけど。

ダヴィンチが拓く、異次元の世界

イズミン 大同病院では「小さな傷あとの手術センター」を開設して、早くから腹腔鏡手術に積極的に取り組んできたわけですけども、腹腔鏡の手術についてずっと不思議に思っていたことがあります。小さな孔をお腹に開けるだけで、胃を切除できてしまうということのイメージが全くつかないのですけれども、どんなふうにその腹腔鏡の孔から胃を取り出すんですか。

ミヤケ 腹腔鏡、ダヴィンチに関わらず、基本的には1~1.5センチぐらいの傷を5カ所ほど開けて、そこに30~40㎝ぐらいの細長い道具を入れます。先端にはさみがついてたり、つまめるようになってたり、組織を剥がしたりするようなものがついていて、それを操作して開腹手術と同じように胃やリンパ節を取ってきます。ただ、それを取り出すこと自体はその大きさの穴ではできないので、おへそのところの傷を少しだけ広げて、切除された胃を引っ張り出して取り出すっていうような形になります。

イズミン そんな中で、腹腔鏡にプラスしてダヴィンチが導入され、現在の胃がん手術のほとんどがこのロボット支援による手術に変わったということですが、腹腔鏡手術と比較してダヴィンチの特徴とメリットっていうのを教えていただけますか。

ミヤケ おそらく一般の方からすると、いったいどうやってロボットで手術してるんだろうと、なかなかわからないと思うんですけれども、基本的には、患者さんのところまで機械が動いていって、実際に操作するペイシェントカートというものと、僕たち手術をする執刀医がロボットを扱うサージョンコンソールっていうコクピットみたいなものが外に別であります。サージョンコンソールの中に僕らが入って、そこからロボットを動かして患者さんの手術をするというのがダヴィンチのコンセプトになります。
 胃に関していうと、腹腔鏡と同じように小さな孔をいくつか開けて、そこに同じような細い道具を入れて手術をするんですけれども、その細い道具をロボットがつかみ、その掴んでるロボットを僕らが操作する、というやり方になります。
 だからロボットが自動で動くわけではなく、僕らが機械を遠隔で動かしているということになります。

サージョンコンソールで執刀する医師
患者さんはペイシェントカートで手術を受ける

イズミン その先生と患者さんの間に介在するロボットの腕(アーム)に特徴があるわけですよね。

ミヤケ ダヴィンチの特徴としてはいくつかあるんですけれども、まず使う道具に関しては、アームの先端部分の手前に人間と違って関節が二つ付いていて、人間が動けないような方向にグリグリ回って動くことができるので、人間だとイタタタッてなるような方向でも先端を自由に向けられます。いわゆる多関節機能という大きな特徴があります。

シノハラ 今まで腹腔鏡手術では、もうちょっとこう動かしたいんだけど、うまくできなかった動かし方が、ロボットだとできちゃうんですね。

ミヤケ 例えば、僕らが操作したい場所の手前に邪魔になる構造物があったとして、腹腔鏡の場合にはそれをよけることが不可能だったのですが、ロボットの場合は関節によって、その構造物を回り込むようにして手術ができたりするのです。

イズミン また、そこに手振れ防止の機能もついていると。

ミヤケ そうですね、人間の動きに対してどのくらいロボットの鉗子が動くのか調整できるのですが、例えば術者が3cm手を動かしたとすると、ロボットは1cmしか動かないというような仕様になっています。
 例えていうと、長い菜箸の先で豆をつまむのってめちゃくちゃ大変で手が震えますよね。同じように腹腔鏡だとどうしても手が震えたりするのですが、ロボットだとほぼそういう震えたりすることがない状態を作れます。

イズミン より正確で安全な手術ができるっていうことですね。あと、どのぐらい大きく見えるんですか。

ミヤケ これについては、ダヴィンチの手術をやっている外科医にとってはイノベーションというか、新しい世界と感じています。開腹手術から腹腔鏡になったときにも当然拡大されて、それまでわからなかった人間の構造や微細な解剖が認識でき、その当時はそれで十分だろうと思って手術していたのですが、さらにロボットになると、もっと近くに寄ってもっと詳細に見えます、だいたい14倍ぐらいまで拡大されます。そうするとさらに微細な解剖が認識できるようになり、また別の次元の手術が可能になってきてるなというふうに感じています。

シノハラ 腹腔鏡手術のときに、モニターで見るお腹の中は2次元の世界になりますよね。ダヴィンチだとおそらく3次元に見えると思うんですけど、それってだいぶ違うんですか。

ミヤケ ここもかなり大きな違いです。大同病院では、腹腔鏡でも3Dで見える腹腔鏡カメラを多く使用しているので、僕ら大同の外科医は恵まれていると言えますが、通常の2次元の画面で見ている腹腔鏡手術をやられてる先生からすると、相当動かしやすいと思います。立体視できるので。
 もちろん目で見るようなのとはちょっと違うんですけど、前後の関係が当然ながらわかるので、特に組織と組織、消化管と消化管を縫ったりするようないわゆる縫合とかっていう操作のときの針の動かし方などには相当貢献しますね。

イズミン パッと世界が開けたみたいな感じなんですかね。

ミヤケ 想像してなかったことは起こっていると思います。

シノハラ テクノロジーが進むってそういうことですね。自分がここまでの経験でこんなイメージかなって思っていたものが、テクノロジーが進化することによってさらに違う世界が開ける。

イズミン ダヴィンチみたいなものがあると、それほど熟練した技術を持っていなくても手術ができるようになるとも言われているんですけれども、先生たちにはそれ以上にこだわりがあるとお聞きしました。

ミヤケ ダヴィンチが手術を簡単にするかどうか、おそらく一つの見方としてはそういうことはあるんだろうなとは思います。ただ実際の手術の能力というか、熟練した技術というのはダヴィンチがあるからできるというものではなくて、解剖の勉強をしっかりしたり、膜の構造を実際に経験したりとかが大事なので、ダヴィンチがあるから手術がうまくなるっていうのは、ちょっと違うのかなと思います。

シノハラ ダヴィンチがあることで、さらに手術の精度が上がるということですか。

ミヤケ その通りだと思います。

シノハラ 当然外科医の技術があって、ダヴィンチでさらにその手術が洗練されていくって感じですね。

ミヤケ はい。ですので、しっかり経験を積んで今までにちゃんと熟練している外科医がロボットを使ったとすると、相当メリットがあると思います。

イズミン そうして解剖も深く学んで、細部まで丁寧に手術することで、合併症や再発のリスクっていうのも減らせると言えますか?

ミヤケ ちょっとそこはあまり軽率には言えませんが、実際、それが患者さんの術後の経過の中で、患者さん自身が認識できるような違いがあるかというと、それは今後の課題だと思います。ただ、僕らが見るような血液検査の術後の動きなどは、やはり腹腔鏡の術後と比べると明らかにいいかなと思いますし、いわゆる元気な患者さんではなく、もっと基礎疾患がたくさんある患者さんに同様の治療をした場合には、やはり差が出てくるのではないかと思います。

シノハラ それは今後検証していかないといけない。

ミヤケ そうですね。

イズミン でも先生方としてはその質を上げるべく、日々検査を積んでいるということですね。

ミヤケ もちろんです。

イズミン 大変心強いですね。

シノハラ 胃がんの患者さんは減少しているとおっしゃってましたけど、まだまだいっぱいいらっしゃいますし、亡くなられる方も当然いる。早期発見のための検診をもっともっと普及させることも大事ですけど、内視鏡で対応できないがんの患者さんもまだたくさんいらっしゃいますから、やはり外科の先生方が手術の精度を上げてしっかり研鑽を積まれていかれるっていうのは大事なことだなと思います。

イズミン これからのご活躍も楽しみにしております。今日はどうもありがとうございました。


ゲスト紹介

三宅隆史(みやけ・たかし)
大同病院 消化器・一般外科部長
外科医として修練を積み大学に帰局。その後 東海地区で普及が遅れていた腹腔鏡手術と出合い、低侵襲手術に魅せられる。研鑽を積み、静岡の病院で腹腔鏡チームを立ち上げるなどした。「患者さんを傷つけながら病気を治すことにジレンマを感じている」といい、低侵襲な手術を極めることを心に決める。ダヴィンチによってさらに拓ける人間の解剖の世界に、患者さんファーストな手術の進化に挑んでいる。
日本外科学会認定外科専門医指導医、日本消化器外科学会認定消化器外科専門医指導医、日本内視鏡外科学会技術認定医など。


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