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ラルゴからのマーキング被害

喘息持ちで喉が弱いのもあって
冬は石油ストーブを着けることが多い。

円筒形の中心に火をつけて
熱を全方向に対流させるタイプなので
子どもの友達が我が家に来たときには
「古いストーブだ!」と驚かれた。

自動着火のスイッチが壊れしまったから
マッチを使って点火していたのも
その一因だろう。

「電気やガスは新しいもので
火を使うのは古いものなんだよ」

口の立つ子が、そう解説してくれて
あぁ、そうなんだ、と返したが
子どものド直球な言葉は
今、思い出しても笑いが込み上げる。

当時はまだ新品だった
ベージュのアラジンストーブは
もう20年近くお世話になっていて
名実ともに古くなった。

ストーブを買ってすぐのころは
子ども・犬・猫の安全を守るために
ストーブを囲う柵を設置したのだが
子どもも成人したし
動物もいなくなったので
撤去しようかと、少し迷った。

けれども、洗濯物を干すのに便利だし
上に鍋やヤカンを置くこともあるしで
結局、そのままにしている。

万が一の安全対策は
するに越したことはない。



3日ほど前のことだ。

子どもが学校から帰るなり
先にお風呂に入りたいというので
お湯を張りながら、あ、と思い出す。

バスタオルを洗濯して
まだ干したままだったか。

慌てて取り込んだのだが
どうにも湿っぽい。

朝から干したのに、半乾きのようで
急遽、ストーブをつけて乾かすことにする。

白い大判のタオルは
柵にかけると1面丁度のサイズで
床にもギリギリ届かない位置に収まる。

バスタオルを柵にかけてから
いつもの様にマッチで点火
ストーブの火が正常に広がるのを確認して
夕食の準備を続けるため台所へ向かう。

少しして、お風呂が沸いた音楽が鳴り
私はバスタオルを思い出す。

もう乾いたかな。

見るとストーブの前で、ラルゴが寝そべり
バスタオルはマーキングで汚されて
黄色いシミが付いている。

シレッとしているラルゴに向かって
いけない! と怒りながら
変な感覚に襲われて
戸惑っていた。

私が、この状況でラルゴを叱るのは
当たり前のことなのに、不思議で。

そして何が不思議なのかも
分からない。



足を叩かれる感触で、目が覚めた。
大丈夫?と旦那が声を掛けてくる。

「何かボソボソ言いながら唸ってるから」

起き上がって見えるストーブの柵には
バスタオルなどかかっていないし
ラルゴもいない。

私は悲しくなる。
夜中の3時を回っていた。



そのまま眠る気分になれず
徹夜で作業中の旦那と一緒に
薄いインスタントコーヒーで作った
ミルク多めのカフェ・オ・レを飲んだ。

作業をしながらお茶を飲む旦那に
私は、愚痴を言う。

洗濯したばかりの白いバスタオルを
ラルゴに汚されたんだよと
まるで今、されたことのように。

「あぁ、あのヒトはそんなコトしてたねぇ」
背中を向けたままで、旦那は苦笑する。

柵に干したタオル類だけでなく
椅子に掛けた上着やマフラーは
ことごとくマーキング被害にあった。

私の大好きなスカートも被害を被った。
ヒラヒラと揺れて気になったのだろうか
ラルゴは、事もあろうに
履いている私の足に向けて
マーキングをしでかした。

お気に入りのスカートだったことに加え
出掛ける間際だったこともあって
私は怒り心頭で「いけない!」と
机を叩きながら怒鳴りつけたのを思い出す。

普段の「いけない」より激しい一言に
ラルゴは長い尻尾を足の間に収納し
耳をぺたんこにしながら
旦那に助けを求めて飛びついていた。

あの人がイジメるんですよ
そんなラルゴの救助要請を受け止めながら

「アンタが悪いんでしょうが」

旦那は、困ったヒトだねぇと
ラルゴを抱っこしていた。

ラルゴの大きな黒目がちの瞳は
気まずそうに揺れていたけれど
マーキングは結局、治らずじまいで。

去勢手術が遅くなったのは
色々な意味で悔やまれる。



スカートは、今も履いている。
幸いシミは残っていないけれども
付けられたシミの位置は、正確に思い出せる。

シミが落ちなければ
処分したであろうスカートが
きれいなまま手元にあることで
私は履くたびに、少し胸が痛む。

私は今、この瞬間に
この場にいない犬のことを思い出して
泣いたり、笑ったりしている。

目の前にいようと、いまいと
犬への思いは変わらないどころか
縦横無尽に広がるばかりだ。

私の愛しい、愛しいパートナーたち。

足元に、腕に、肩に
重みや温もりが蘇るかぎり
私たちの繋がりは、決して途切れない。

私の記憶にされているらしい
ラルゴのマーキングも
まだ濃く匂っている。

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