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静けさの綻び

 風が、窓から通り抜けていく。爽やかで、湿っぽい、朝のグラデーションに塗れられた空が眩しかった。少しずつ、あれほど暑かった夏の気温は雲散霧消して、すっかり肌寒い季節になった。

 通りの街を歩いていると、どこからともなく金木犀の香りが流れてくる。これほど、自らの存在を誇張する花も珍しいだろう。私の家の近くには金木犀の咲く木々が並んでいて、はらはらとその花弁を落としていく。何かをするにはちょうど良い季節になった。思わずスキップして鼻歌を歌いたくなるけれど、一方でどうにもならない心の穴があって、そこから隙間風がひゅうひゅうと吹いている。

 先日までずっと続けていた#愛を語ることシリーズは、私が生まれた日に目標としていた100回まで執筆し終えた。そして、私はいろんなことに囚われて今日ここまで生き抜いている。正直、昔ほどには誕生日を心から喜ぶことができなくなってしまった。昔はあれほど時間がたっぷりあると思っていたのに、30代に突入してから日々過ぎゆく時間があっという間で、とても、とても焦りを感じてしまっている。

 30代になったら、色々体にガタが出始めるよ、と諸先輩方は私にアドバイスしてくれたが、もしかしたらそうなのかもしれない。ちょっと体力がなくなってきたし、以前よりも体重が増えやすくなった気がする。なんとか時間を見つけては、ヨガをやって体をほぐしたり、テニスをしたりしている。運動をしている間、不思議と世のいろいろなしがらみから解き放たれたような気がしてくる。

 文字も、実を言うと書くのが億劫になっていた。というよりも、前より進む力や原動力が弱くなっている。でも、いざこうして文字を書き始めると楽しい。物語も、書きたい。日々、習慣的に文字を書き続けることによって、私の頭の中が整理されていくし、物事がクリアになっていく。言葉が好きだ。小説なり映画なり、心に響く言葉をさらっている。そして、いつしか私も同じように自分が書いた言葉やストーリーによって、誰かの心を救い上げることを渇望している。

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 なんだったか、いつかアナザースカイでBiSHが出演していて、解散間近で彼らのグループの存在を知った。そして、YouTubeで彼らが出ているムービーを見て、その中で特に私の目に留まったのがアイナ・ジ・エンドという少女の姿だった。

 彼女が一人で歌う歌とPVは、聴けば聴くほど私の心の中をザラザラとかき回す。目が離せなくなって、少しハスキーな彼女の歌声に次第にじわじわと真綿で締められるような気持ちになってくる。このどうしようもないわだかまりと焦燥感、これはきちんと彼女が彼女の人生を生きているからかもしれないと思った。人の胸を打つ歌、彼女が本気でぶつかっているからこそ、惹きつけられるのだろうか。

 前に別の映画を映画館で見ていた時に、予告編で流れていた『キリエの歌』。それからことあるごとに、封切りの前にはテレビで彼女が自ら映画を宣伝する姿を見かけた。きっとサブリミナル効果的な力もあるのだろう。時間があったので雨のなか、朝早く映画館へ向かってほとんど人気のない中でじっとりとスクリーンを眺めた。

 岩井俊二監督の作品は、過去にも『花とアリス』だとか『スワロウテイル』、『Love Letter』などを観た。そして、『キリエの歌』もそうした監督ならではの演出というか、過去の作品を彷彿とさせる描写もあって、ストーリーは賛否両論あるにしても、やっぱり何と言っても私の目は彼女が歌う姿に釘つけになってしまった。

 昔そういえばとても歌を歌うことが好きで、ベースとかギターとかにも手を出したことがあって、そうした音楽とか芸術のようなことに携わりたいと思ったことがあった。歌で誰かの心を動かすって、本当にすごい。でも残念ながら音程を感知する能力が皆無だったので、放棄。それからしばらく経って写真を撮ることにもハマった。

 そして、今こうして文章を書いている。なんだか取り止めのない感じになってきてしまったけれど、やっぱり何かしら目を留めるものを築き上げる人って、音楽でも写真でも文章でも、そこにどれだけ自分が情熱を注ぎ込めるか、そしてそこに確固たる意思が宿っているのか、それがどれだけ他の人たちの共感を呼ぶことができるかにかかっているのだろう。

 芸術なんて、誰かのお腹を満たすものでもないし、たぶん余裕がなくなった時に真っ先に切り捨てられる可能性が高いものだけれど、人を人たらしめるもの、人生を満ち足りたものとして心の隙間を埋めるものとして、必要不可欠なもののように思う。私は現にこうして、落ち込んだことがあってもこうして救われている。

 とりあえず最近ちょっと腑抜けた感じになっていたので、少しずつ日常の変化とか先月行った旅行の話とか振り返りがてらもう少し頻度高めて記事を更新していきたいと思います。季節の変わり目で、体調崩しがちなので皆様どうかご自愛くださいませ。

末筆ながら、応援いただけますと嬉しいです。いただいたご支援に関しましては、新たな本や映画を見たり次の旅の準備に備えるために使いたいと思います。