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職員は善人じゃない

とある利用者は対応がなかなかに難しい。
すぐに怒るし、口が悪い。

前施設長曰く、思春期の男子みたいなものだという話だが
それが分かっていても難しい。

 
新しい作業のやり方を説明しても「分かってるんだから俺に口出しするな。」と言う。
そして我流でやる。間違えを指摘すると「俺に指図するな。」と怒って、作業資材を投げ置く。

任せた作業内容が気に入らなくても作業資材を投げ置く。

やり慣れている作業を用意すると離席や一人言が目立ち、ほとんどやらない。

作業中に本を読んだり、スマホをいじろうとする。
作業中にスマホをいじるのは禁止されているが、それを指摘しても怒る。

毎日そんな調子だ。

 
その日は作業開始時間になっても寝ていた。
割とよくあることだ。

私は何度か軽く声をかけただけにしておいた。
あまりうるさく言うと逆ギレしてくるからだ。

 
やがて起きたが、作業開始して30分しても何もやっていない。

重度の利用者グループならばそれでも構わないが
その方は軽度の利用者グループ所属だ。

 
軽度の利用者グループ所属の方は時間いっぱい作業をやるという目的があるため、30分寝てサボッているというのは本当は望ましくない。

 
前の職場の軽度グループならば、このレベルではそもそも利用契約を許さない。
前の職場と比べると、今の職場は事業部の基準が曖昧でルールが甘い。

それが私をヤキモキさせた。
前の職場ならば、と。
だけど辞めた私は今の職場ルールを守るしかできない。

 
その利用者は鼻をほじっていた。
私はその利用者と目が合った。

バツが悪かったのだろう。

 
「手を洗ってきてから作業をしてね。」と伝えたら
思い切り怒った。

 
「手なんか洗わねぇぞクソババァ。お前なんか大嫌いだ。」

そう言って、あろうことか検品済みの製品や作業資材を思い切り掴んで投げた。
他の利用者がやっていた作業資材を奪った。

 
この利用者は指摘されると、他の利用者の作業を思い切り奪い、自分がやって挽回しようとする癖がある。それによってまたトラブルになる。

 
さすがに私も黙っていられない。

「それは他の利用者の作業だから、自分の机に置いてある作業をまずやって。鼻をほじった手で作業はやらないで。汚いでしょ?」

「汚くていいんだよ!俺は作業やるんだよ!」

作業資材が床に落ちる。
興奮した利用者が次々にきれいな作業資材を触っていく。

 
怒鳴り声や机がズレる音が激しく、慌てて前施設長がやってきた。
その時部屋には私とその利用者ともう一人の利用者しかいなかった。

 
前施設長は落ち着くようにその利用者に声をかけてなだめた。
まるで私が悪者みたいだ。
前施設長は手を洗えとも作業をやめろとも言わなかった。
ただ、ササッとウェットティッシュで手を拭いた。

「ウェットティッシュで手を拭いたから。」

そう私に耳打ちして、前施設長は去って行く。

 
だからなんだと言うんだ。

作業を奪われた利用者の気持ちは?
罵られた私の気持ちは?
検品済みの製品手直しの件や作業資材を投げたことはお咎めなしか。
もうすぐ終わりそうだった検品済みの製品、今更手を拭いたってダメだ。結局は再検品し直し、消毒し直しだ。

 
前の職場なら、作業を取り上げる。
作業をやる態度や言動じゃない。

そう思いながら、私は何も言わなかった。
だってここは前の職場ではないから。
室内は重い空気に包まれた。

 
だけど、検品済みの製品の箱にその利用者が検品していないものを混ぜようとして、私は再び言った。
本人的に悪気がないのは分かっていても、言うしかない。

「まだそれは検品していないから(まだ拭き取りしていないから)、こちらの箱には混ぜないで。」

「うるせぇな!」

その利用者は私を机に向かって突き飛ばした。
机が派手に倒れる。

 
作業資材がバラバラと床に落ちる。

怒鳴り声は止まらない。

 
今度は新施設長がやってきた。
そして利用者に落ち着くように言った。

更に私に、「今机に置いてある製品が終わったら本人は休憩したいって言ってます。」と伝えてきた。

 
……私はもともと作業をやれとは言ってない。
他の利用者の作業を奪ってまでやれなんて、私を突き飛ばしてやれなんて、一言も言ってない。

 
作業をやりたいなら職員の指示を聞け。
手を洗え。
下請け会社から苦情が入ったら作業がもらえなくなる。
みんなができる作業を探したり、考えるのがどんなに大変だか分かっているのか。

あなたが作業をより好みするから、私はその下請け会社に交渉してあなたができそうな作業をもらってきているんだよ。

 
思いはたくさんあったが、もうどうでもよかった。

 
作業は今日中に終わさなければならなかった。
大幅なロスだ。もう時間はない。
夕方に私は送迎に行ってしまうし、送迎後は別のやることがある。

 
その利用者は暴れ疲れたのか、15分作業をしたら再び寝た。

寝ている隙に全て製品を拭き直した。

 
気持ちが焦っているせいか、その利用者がやった製品はやり方が異なり、結局全て私がやり直しとなった。
余計な仕事を更に増やしてくれた。

本当ならばやり方が違うとキチンと伝えたいが、もう刺激を与えたくないし、前施設長や新施設長がそれを望んでいないならば私も心底どうでもよい。

 
他の利用者の作業も途中で中断した。
検品が間に合わない。

私は黙々と製品を拭いたり、やり直したり、検品し、予定時間より30分遅れてなんとか納品準備が完了した。

 
本来ならば、今日のことは保護者に伝えたい。

だが、保護者はメンタル不調から施設での悪い様子は一切伝えないでほしい、と要望がある。

だから連絡帳には無難なことしか書けない。

 
その利用者は謝りはしないが、私に悪いことをしたという意識はある。
私が書き終わり次第連絡帳を奪い、連絡帳の中身を確認し、不穏な件が書かれていないと安堵し、私の頭を二回撫でた。

…気やすく触るんじゃねぇよ。

内心ぶち切れていたが、私は何も言わなかった。
連絡帳には後から余計なことを追記されないように、その利用者はサッサとカバンにしまった。

 
本来ならば、連絡帳は掃除後に配布するが、そんなことを言おうものならまた逆ギレするだろう。

 
その利用者は決して謝らない。
仲直りしたそうに、話しかけたり、近寄ってきたりはするが、それでも決して謝らない。

それが私は大嫌いだった。
その利用者云々ではなく、ありがとうとごめんなさいを言わないでごまかされることが私は嫌いだ。

 
「ごめんなさい、は?」
「ありがとう、は?」

他の利用者相手ならば、そう伝える。

 
前の職場ならば、ここまでの自体になったら別室で対応し、事の重大さを伝える。作業は即中断させる。

 
だけど、前施設長も新施設長も謝れとは言わなかった。そこまで期待していないのだろう。言ったらいい方向にいかないと分かっているのだろう。
だから私も言わない。

もう今日は時間がないのだ。これ以上仕事を増やしたくない。
謝れと言って、余計な自体になったら困る。

 
いいのだ。
これが保護者が望んだことなのだ。

悪いことを親に言わない、ということは
本人が何も言われないと図に乗り、謝る機会、正す機会を失うということだ。

  
最近の生活態度はどんどん悪くなっているが
保護者から言うなと言われた以上、私は知らない。好きにするがよい。

将来的にそれで施設利用や入所施設利用が難しくなっても、それもまぁ仕方ない。

 
前施設長や新施設長が謝罪を求めないということは、謝らなくていい、と本人に伝えているようなものだ。

それならば私は、どうでもいい。どうでも。

 
その利用者は仲直りのつもりか、手伝おうとしたのか、箱詰めしてあった検品した製品を手に取って別箱に並べた。

私はその利用者がいなくなった隙に全て直した。
また余計なことをしてくれた。

 
もう今日は何も言わない。
謝らないならば、私にも考えがある。
職員がなんでも許すと思うなよ。

 
保護者に言えない私ができるのは、今日の工賃を渡さないことだ。

障害者福祉施設は時給ではなく、作業担当職員が半日もしくは一日の利用者の仕事量や態度で賃金計算をする。

 
午後の作業時間(二時間)中、その利用者がやったのは15分。
そして今回の件。

今日の働きではお金は渡せない。

 
新施設長と二人きりになった時、「利用者はあの後大丈夫でしたか?」と聞かれた。

結局その日は前施設長からも新施設長からも一言も「真咲さんは大丈夫でしたか?」とは言われなかった。

 
その利用者の怒鳴り声や争う音は別室で作業していた利用者にも響いて、「大丈夫だった?」と聞かれるくらい激しかったのに。
前施設長や新施設長が駆けつけるほど激しかったのに。

私のことはどうでもいいんだ。

いや、違う、私の支援不足を暗に責めているのかもしれない。

 
言いはしなかったが、本来ならば、突き飛ばされた後、私と他の職員を交換するべきだった。
前施設長や新施設長が去った後、狭い個室でお互いに重苦しい空気で、私にとっても利用者にとっても、同室で作業していた利用者にとっても、いいことではなかった。

 
もしもリーダーが今日休みじゃなかったらまた違ったかもしれない。
リーダーがいたら、きっと私やあの利用者に別のことを言ってくれた。

 
明日が振替休日でよかった。
仕事で2日間嫌なことがあり、もうウンザリした。

突き飛ばされたショックで休んだんじゃないか、と利用者が危機感を持つくらいであった方がいい。

 
帰り道、同僚が話を聞き、心配してくれた。
そして上の対応に腹を立ててくれて私は涙ぐんだ。
分かってもらえて嬉しかった。
せめて同僚が分かってくれてよかった。

 
上がその気なら、保護者がその気なら、私にも考えがある。

 
今後は作業時間中、その利用者への声かけの回数は今より減らす。
そして作業をやらないのならば、容赦なく工賃に反映させる。

もうそれでいいや。

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