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さよなら、Keiちゃん

私が初めて車を買ったのは18歳の春、大学に入学する手前だった。

 
私は両親と共に、いくつかの車屋に車を見に行った。
車を買ったとは言っても、スポンサーは両親だ。
私は一銭も出していない。

私は軽自動車が欲しいと思っていた。
機能より見た目だ。かわいい車に乗りたかった。
あとはできれば、汚れが目立たない色がよかった。
私は面倒くさがり屋なのだ。
 

そうしてあちこちの車屋を見た時
ホンダの某車と、スズキの軽自動車全般のデザインが好みだと思った。
デザインを吟味した時、「うーん…やっぱりスズキかなぁ。」と思い、私はスズキに決めた。

あとは、どの車を選ぶかだ。
私はウロウロしながら、いくつかの車を見て回った。
両親は予算としては、どの車でも大丈夫だと言ってくれたので
私はとことん悩んだ。
一度買ったら、しばらくその車に乗ることになる。

私は色々見て歩いて、デザインが一番しっくり来たのでアルトがいいなと思った。
買いに行ったその日に決めるのもなんだし…と、一旦保留にして家に帰った。

「えー。一緒の車はやめろよ~。」

反対したのは姉だ。
姉はアルトに乗っていた。
私が希望したものは色違いだったが、色違いだろうとなんだろうと姉は同じ車を拒んだ。
私も姉の立場ならそう言うかもしれない。

確かに私も本当は赤い車に乗りたかった。
だけど赤い車は却下した。
友達で赤い車は5人いた。5人である。
メーカーや車種は違えど、私も友達とかぶるのは嫌だった。

姉に反対されてまでアルトにこだわっていたわけではない。
いくつか気になる車はあった。

車選びは振り出しに戻った。
 
 
とは言っても、私には時間がなかった。
3月中に購入すると割引適応されたからだ。
あと3日以内に買わないと4月になってしまう。
 

 
私は再び、たくさん並んだ車の間を行ったり来たりした。
店員の方は一所懸命機能の話をしてくるが、私は見た目をひたすら見ていた。

軽自動車で走ればいいのだ。

車好きの方は機能も含めて車選びをするが、車普通の人は見た目や値段を重視する印象がある。
私がある3台を見て、「うーん…。」と唸っていると、母親が一言。

「Keiがいいんじゃない?ボディが大きくてともかちゃんそっくり。」

私が迷っていた中に、その車はあった。
シルバーのKei。周りの軽自動車と比べると、少し車体が大きい。
私は身長が165cmで、身長が高い方だった。
母親の言葉を聞いて単純に、この子は私の仲間だと思った。
更に、マジマジとKeiを見て私はあることに気づいた。

車のナンバーを見て、私は運命だと思った。

昔、私が長年一番愛用していたぬいぐるみがあるのだが、そのぬいぐるみを持った瞬間、頭の中で声が響いた。
そんなことは初めてだった。その声に従うように名前をつけたのだが
その車のナンバーは、そのぬいぐるみの名前を数字で表したものだった。

 
これしかない。
この車しかない。

 
私はビビビと感じた。
この直感を私は信じる。

 
 
 
そうして購入したKeiが私の初めての愛車である。

購入したての頃は一人で運転することが怖くて、一週間に一度乗るか乗らないかだった。
大学には電車で行っていた為、家庭教師のバイトを始めてからは、基本バイトの時くらいしか乗らなかった。
私の周りの友人は運転が上手で運転が好きな人だらけだったから、どこかに遊びに行く時は私は助手席に乗せてもらっていたし
車に酔いやすい私は自分の運転でさえ、酔った。

それでも徐々に運転の楽しさを知る。
大好きな音楽を聴きながら、一人走ることが好きだった。
車内はぬいぐるみを飾った。
愛車には愛着がある。
かわいいかわいい私のKeiちゃんだ。

 
 
就職してからは車に乗る時間も日数もガソリンを入れる回数も増えた。

職場までは往復40kmだったので、もうKeiなしに生きていけない状態だった。
電車やバスの本数が著しく少ない田舎のため、もしも車を使わずに職場に行くなら、なんと三倍以上の時間がかかるのだ。

仕事柄、公用車に毎日乗った。
一日に運転する距離は50~100km、場合によっては100kmを超えた。

就職するまでは愛車以外には乗れなかった。
代車には極力乗らなかった。
愛車に乗せた人は数少ない。

そんなレベルだったが、社会人として鍛えられることで、私は運転力が上がっていった。
仕事柄、軽自動車以外にも乗ることが正職員の義務であったし、人を乗せて運転することも必須だった。
なるべく裏道を通るという指示もあり、たくさん車に乗ることでマニアックな道も覚えていった。
 
 
今までは車酔いがひどく、車に乗ったらすぐに寝てしまっていたので、県内ですら道はおぼつかない状態だったが
仕事をするうちに車酔いはしなくなっていった。

運転が荒い人や車の匂いですぐに酔ってしまうが 
どうやら私は睡眠が6時間以内だと、車酔い率が上がることも分かった。

私は睡眠は6時間以上とるようにし、仕事柄誰かと車に乗る時は、さり気に手を回して、運転が上手な人とペアを組むようにした。

私は酔いが早い時は5分もかからない。

自分の車の運転で酔うことを笑った人もいたし、バカにもされた。
車酔いは気合が足りないと怒られもした。
 
 
悔しくてたまらなくて、私は仕事の後に運転を練習し、車や運転に慣れようとした。
道を覚え、何度も練習することで落ち着いて運転しようともした。
そういった一つ一つが、今の私に繋がっている。

 
色々な道を覚え、車酔いが軽減し、運転が好きになった私は
社会人になってから、ドライブの楽しさに目覚めた。
それまでは必要最低限の場所しか、運転をしなかったし、人を乗せることは躊躇ったが
以前よりは苦手意識を克服することができた。

そんな時、いつもKeiがそばにいた。

 
 
だけど、別れは逃れられない。

点検や車検のたびに、少しずつ劣化が見られた。
私の愛車になってから10年の月日が流れ、走行距離は10万kmを超えていた。

そろそろお別れだ、と両親が告げた。

嫌だった。
私はまだKeiに乗りたかった。
他のハイスペックな車なんていらない。
ずっとずっとKeiとこのままいたかった。

だけど、何年も乗り続け、走行距離がひどい車がどうなるか、私は分かっていた。
 
 

仕事柄何度も聞いていた。

「道の途中でいきなり車が停まってしまった」
「燃費が悪くなってる」
「変な音(匂い)がする」

…もし、私が一人で運転している時にそういった異常事態が起きたら?
私一人で対処できるだろうか?
巻き込み事故の確率も上げてしまう。

10年。
まだ、ではない。もう10年。

次にいかなければ、いけないんだね。

 
 
 
私は次の車検までには新しい車に買い替えることに決め、色んな車を見て歩いた。

その期間は一年。

悩んで悩んで悩んで、私はある車に決めた。
今度こそ、自分のお金で買った車でもある。
人生で一番高い買い物である。

 
 
これで、Keiちゃんとはお別れだ。
もっとずっと一緒にいたかったのに、手放す私を許してほしい。
私は引き渡し最後の日に色んな角度からKeiの写真を撮り、眺めた。
涙が止まらない。
新しい車との生活への期待よりも、この車を手放す悲しみの方が勝る。

なんで別れがあるんだろう。
なんでもう別れなきゃいけないんだろう。
まだ走れるのに。
もうさよならなんてな。

今までありがとう。
本当は別れたくないし、別れの台詞なんて言いたくないけど、ありがとう。

気分は恋人との別れに近かった。

 
 
 
  
そうして、現在は二代目の車に乗っている。

車体はKeiよりも大きく
鍵は回すタイプではなくなり
カーナビもつけた。

機能は進化していて、素晴らしい。
これでスペアタイヤがあったら言うことはなかった。
何故、進化の過程でスペアタイヤをなくしてしまったのか。
お陰でKeiの時よりもタイヤのパンク時に大変だったじゃないか。とほほ。

 
今回はナンバーを希望ナンバーに変えた。
車の色合いも希望ナンバーもお気に入りだ。
周りにはこれに乗っている人がいないし、唯一無二なところがいい。

保護者様「車買い替えたんですよ~。」

ところが、担当保護者様が私と一週間違いで買い替えた車は、まさかの同じ車で色まで一緒だった。

 

同僚「ともかさんと同じ色で同じナンバーの車、職場の近くの人が乗ってるよ。」

私はまだ見掛けたことはないが、同僚複数人の話だと、私と同じ色で同じナンバーの車が二台走っていて、しかも乗っている人がどことなく私に似ているという。

なんということだ。

一年間も時間をかけて理想の車を探したはずなのに、私の周りにこんなに同じ車の人がいたとは。
やはり、みんなと同じ車というのは、ちょっと残念だ。

まぁよい。
誰かと同じ車だろうとなんだろうと、私が選んだ私のお気に入りだからいいのだ。
それならば内装だ。
ぬいぐるみを飾って差をつけようじゃないか。まさか車内のぬいぐるみまでかぶるまい。
うん、かわいい。
やはりぬいぐるみを飾るとよりかわいくなるなぁ。ガハハハ。

 
この時の私はまだ知らない。
こうしてぬいぐるみを置いた故にこの数年後に、「ぬいぐるみの気持ちが分からない人。」と言われることになるとは。


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