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笑顔で頑張る理由

利用者の祖母の命が危ういと知らせを受けた。
いつ何があって連絡が来てもおかしくないらしい。

 
その週は利用者が楽しみにしている活動が色々とあった週で
悲しみつつも、その活動に参加できるかを気にしていた。

かつて祖父が倒れ、いつどうなるか分からなかった頃
私も悲しみと共に運動会に参加できるかを気にしていた。
あの頃私は私を薄情な人間だと思ったが
利用者に関してはそうは思わなかった。

 
いつも明るい利用者だったが
祖母の話は二人きりの時にこそっとした。
みんなの前ではいつもと変わらない明るさを見せる強さがあった。

 
その知らせを受けてから
一日、二日、三日…と過ぎ
このまま予定通り様々な活動に参加できるかもしれないと内心私が思っていた頃
保護者から亡くなったと聞いた。

 
亡くなった次の日にお通夜があるわけではないし
特にやることはないからと
結局亡くなった後も利用者は施設に登所した。

よくあることといえば、よくあることだった。
むしろ利用者が施設を利用していた方が保護者や親族は色々動けるので
施設を利用するケースも今までに見てきた。

 
落ち込んでいるという話だったが
祖母が亡くなった次の日も
その利用者はいつも通り明るいままだった。

 
明るく変わらない様子を見せ
楽しみにしていた活動に参加し
笑顔を見せ
もうすぐで帰りの送迎車の出発時間という時に
私の元へやってきた。

その時、私の周りには他の利用者がいなかった。

 
その利用者は私の体に無言でピトッと体をつけた。

「一日よく頑張ったね。偉かったよ。」

私はそう伝えた。

 
「みんな心配しちゃうでしょ?だから笑ったよ、みんな分からなかったでしょ?笑って一日頑張ったよ。」

確かに周りの利用者は誰一人気づかなかっただろう。
身内が亡くなっている状態で今日一日笑っていたなんて。

 
私は頭を撫でた。

「本当によく頑張ったね。あと少しで家に帰れるから。そしたら思い切り泣いても大丈夫だから。一日よく、頑張った。偉い。」

その利用者は私の体をギュッと抱きしめた。

私は体を優しく撫でた。

 
人はいつか必ず亡くなる。
別れがいつ来るかは分からない。

だからそれまで頑張って生きたいし
好きな人となるべく一緒に過ごしたいし
一緒に年を重ねたい。

喜びを分かち合いたい。
悲しみも薄められたらいい。

 
私は職員としてその利用者に適した声かけや態度ができていただろうか。

傷つき悲しむ人を余計追いつめてはいなかっただろうか。

 
こんな時、言葉は無力で
私はちっぽけだと思う。

 
それでも、と思う。

明るく頑張っていたその利用者が思いを吐き出せる時間があってよかった。
話を聞けてよかった。

その後別の利用者に呼ばれてあまり話は聞けなかったけど
少しでも心は軽くなっただろうか。

心に寄り添えただろうか。

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