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あぶない「母音」

左:Rimbaud, Poésies complètes, LE LIVRE DE POCHE, 1960
右:Rimbaud, Poésies, LE LIVRE DE POCHE, 1972

引きづつき「母音」の話題を。『ランボー全集』(青土社、2006年)の「母音」解説によりますと、このソネ(十四行詩)についてはさまざまな解釈がなされているようです。それは、ボードレールの「万物照応」との共感覚、オカルティズムによる母音と色との象徴関係、そして幼児用の色着きABC絵本から着想を得たというものまで。

最近発見されたランボーの肖像写真 1873

さらに、私自身が久しぶりに昨日このソネを読み直して、この詩は女性の体やフェール・ラムールの行為を表しているのではないかと感じました。これは発見だと悦に入っていたのですが、すでに指摘している人がいました。「母音」は女性の裸体を表現したものだという説をロベール=フォリッソン(Robert Faurisson)が『ビザール BIZZARE』誌のランボー特集で発表し、ある種の「事件」になったと上記全集の解説に書かれています。『ビザール』はJ=J.ポヴェールの出していた雑誌です。

多くの批評家の反論を呼び、またしても「ランボー事件」とも呼ぶべき騒ぎになったが、「母音」の解釈に限っていえば、フォリッソンの意見はかなりの説得力を持つことは否みがたい。

『ランボー全集』青土社、2006年、p920

 フォリッソンの所説を認めようとする者には、ヴェルレーヌが自己の筆写によって作製したランボーの詩帖において、「母音」が「[星はきみの耳の核心に……]」の四行詩と同じ紙に記されていた事実も、その所説を支える一つの根拠になるかもしれない。あの四行詩が女体を暗喩的に歌ったものであることは定説であるから。

『ランボー全集』青土社、2006年、p920

こう考えると、もう、そうだとしか読めなくなります。書かれたのは1871年と推定されており(ランボーは17歳でした)、この年の前半に、ランボーがパリへ出るときに同行した少女を描いたのではないかという説もあるそうです。

原テキストと中也訳の全文を引用しておきます。

A noir, E blanc, I rouge, U vert, O bleu : voyelles,
Je dirai quelque jour vos naissances latentes :
A, noir corset velu des mouches éclatantes
Qui bombinent autour des puanteurs cruelles,

Golfes d’ombre ; E, candeurs des vapeurs et des tentes,
Lances des glaciers fiers, rois blancs, frissons d’ombelles ;

I, pourpres, sang craché, rire des lèvres belles
Dans la colère ou les ivresses pénitentes ;

U, cycles, vibrements divins des mers virides,
Paix des pâtis semés d’animaux, paix des rides
Que l’alchimie imprime aux grands fronts studieux ;

O, suprême Clairon plein des strideurs étranges,
Silences traversés des Mondes et des Anges :
— O l’Oméga, rayon violet de Ses Yeux !

Arthur RIMBAUD POÉSIES, ÉDITIONS A.-G. NIZET, 1978, p161

Aは黒、Eは白、Iは赤、Uは緑、Oは赤【ママ】、母音たち、
おまへたちの穏密な誕生をいつの日か私は語らう。
A、眩ゆいやうな蝿たちの毛むくぢやらの黒い胸衣[むなぎ]は
むごたらしい悪臭の周囲を飛びまはる、暗い入江。

E、蒸気や天幕[テント]のはたゝめき、誇りかに
槍の形をした氷塊、真白の諸王、繖形花顫動、

I、緋色の布、飛散[とびち]つた血、怒りやまた
熱烈な悔悛に於けるみごとな笑ひ。

U、循環期、鮮緑の海の聖なる身慄ひ、
動物散在する牧養地の静けさ、錬金術が
学者の額に刻み付けた皺の静けさ。

O、至上な喇叭の異様にも突裂く叫び、
人の世と天使の世界を貫く沈黙。
ーーその目紫の光を放つ、物の終末!

『中原中也全訳詩集』講談社文芸文庫、1990年、p98-99

「母音」というのは、要するに、女性がそのときに発する声の調子の変化を指すのではないでしょうか。そしてそれぞれの字形は裸体の各パーツに当てられます。Aは陰毛(三角地帯)、Eは乳房(筆記体の大文字Eを横に寝かせると形が似ています)、Iは秘処、Uは腹部?、Oは口・・・でしょうか。《Golfes d’ombre》とか《lèvres belles》も《vibrements divins》も《suprême Clairon》もすべてエロティックな比喩に思えてきます。そう思って読みますと、最初に出ている《vos naissances latentes》(あなたたちの秘められた誕生)に意味が出てくるようです。天才17歳ですから、このくらいのことはやりかねません。

そういう見方からすれば、中也の訳はちょっと物足りない感じがします。


中原中也『ランボオ詩集』野田書房, 1937

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