夢を見たくなる day29
4/11 (Thu.)
#66日ライラン day29
以前、夢日記についての記事を書いた。
この時、「フロイトに夢分析してもらったら、面白そう」とコメントをいただいた。
この時私は、フロイトは、「なんでもかんでも夢は願望の反映というから、首を傾げることも多くて」とお返事をした。
フロイトの言っているのは、夢に出てくるものは何でも隠された願望の現れ、比喩であり、細くて長い物は男性の、箱や穴のある入れ物は女性のそれぞれ象徴である、みたいな、えーそれはあまりにも無理があるだろう。という印象しかなかったのだ。
私は、フロイトのことを誤解していた!
最近あるテレビ番組を見た。
Eテレの「100分 de 名著 フロイト」。呼ばれた気がして、第一回目を視聴した。
何これ!めっちゃ面白い!!
まず、私の誤解していた「夢判断」。彼の「夢判断」によると〝夢を見た当人が夢を解釈する〟。これが大きなポイントだった。
もちろん、〝一切の夢は「願望充足」である〟、
そして〝夢には、潜在意識が「歪曲」されたかたちで表現されている〟(この番組テキストの解説による)ということは言っているが、
何でもかんでも、「◯◯の夢を見た、それは潜在意識では△△を象徴しているので、本当のあなたは△△をしたいと思っているのです」みたいな、乱暴で画一的な解釈ができるものではなかった。
それどころか、フロイトに先駆けて夢の象徴性について言及した学者に向け、〝残念ながらそれは夢に関する一理論がそれを要求しうるような、普遍性の性格を持ってはいない〟とまで言っていた。
昔の日本人は、夢にある人が出てくるのは、自分がその人のことを思ったからではなくて、その人が自分のことを思っているから=夢で自分の元に来てくれた、と考えた。
そんな解釈もあると思う。
その解釈で、救われる時もあると思う。
でも、その解釈では、納得のいかないことが山ほどある。
常々不思議に思っていた。
何で、夢の中で、長いこと会うこともなく忘れていた人物が、親しげに喋っていたのか、
何で、夢の中で、現実に考えると有り得ない設定を、当たり前に受け入れていたのか、
何で、夢の中で、訪れたこともない町の景色が、何度もリアルに出てくるのか。
フロイトはそれらについても、夢の役割や作業としてきちんと分析している。
さらに。いちばん興味深いのはフロイト自身がこの夢判断について〝どんなにうまく解釈しおおせた夢にあっても、ある箇所は未解決のままに放置しておかざるをえないこともしばしばある。〟と語っていることだ。
人間の心、頭の中で起こっていることなんて、そう簡単に分析し切れるものではない。
自分にも分からない。フロイトだって分からなかったのだ。分からないけど、面白い。分からないから面白い!
なんてことを、私としては珍しく買ったテキストに(まるで学生の時のように)線を引きながら読んで考えている途中。
できたら「夢判断」自体も読んでみたいけど、なかなか読むのには大変な本のようなので、まずは番組で。三回目以降のテキスト内容は、放送を見てから読もうと思う。
第二回の再放送は、4/12(金)午後 3:05〜
第三回放送予定は、4/15(月)の夜 10:25〜
らしいので、興味のある方はぜひ。
自分の夢、分析したくなります。
でも、そう思って布団に入ると、何故か目覚めたとき夢を覚えていない‥
私の中の〝無意識〟が、分析されることを阻んでるのかも知れない‥。
文中の〝 〟内の語句や表現は、NHKテキスト「100分de名著 フロイト夢判断」立木康介 著から引用したものです。立木さんは京都大学の教授だそう。京大の先生の授業が聞けます!
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