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どんな私でも 「everything everywhere all at once 」映画感想文

※本文は、極力作品のネタバレにならぬよう書いたつもりなのですが‥
どの部分が(バレては困る)ネタなのかという疑問が残り、その辺少し自信がありません。真っ白な状態で映画を楽しみたい方は、観終わってから読んでいただけたら幸いです。


先日、仕事が休みだったので映画館で映画を観た。
「everything everywhere all at once」
主演のミシェル・ヨーが、アジア系俳優として初めてのアカデミー主演女優賞を獲った話題作である。

平日なので、子どもの帰宅を考えて動けるのは1時まで。たまった家事をこなすのもいいが、せっかくなら一人で出かけたい。行き先は美術館、いや今回は近場で映画にしよう。
だが観たい作品が見つからない。スラムダンクはまだやってるけど午後からだし、気になっていたBLUE GIANTに至っては夜9時の上映。春休みとGWの合間の平日、朝からやってる映画はコナンに、マンガ・ラノベの実写版‥ちょっと今の自分が求めているものとは遠い。
少し足を伸ばして、映画館の範囲を広げてみよう。お、トップガン・マーヴェリックもやっている!でも一作目と2本上映になっていて、観終わるとその段階で午後になってしまう。うーん。次男帰ってきちゃうし、2本続けて映画見る気力はないな。

そこで候補に上がってきたのが「everything〜 」だった。
触れ込みは、〝マルチバースとカンフーで世界を救う⁉︎アクション・エンターテイメント〟通称エブ・エブだとか。
正直、マルチバースにもアクションコメディにも全く興味は湧かなかったが。約30年振りに役者として復帰し、この作品で主演のミシェルと共にアカデミー助演男優賞を獲っている、キー・ホイ・クァンのことが気になって、気持ちが固まった。
ところで。マルチバースとは?
ユニバース=(一つの)宇宙 に対して、マルチバース=多元宇宙。知ってる体で書いてしまったが、marvelとかに詳しくない私には、あまり馴染みのない言葉だ。まだ、パラレルワールド=並行世界・並行宇宙と言われた方がイメージしやすいかも知れない。

電車が遅れて、慌てて建物に駆け込む。本当は余裕を持って到着し、映画館の匂いを楽しんだり、本編上映前の予告からがっつり観たかったのだけれど。仕方ない。
200余名の劇場に、観客は4人。
いざ、140分。


観終わると、

‥ハンカチが、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。

おかしいな。泣ける映画なんてどこにも書いてなかったけど。


あらすじを説明するのは難しい。
主人公は、結婚して米国に移住、コインランドリーを経営している中国人女性、エヴリン。
米国育ちの娘は英語の方が堪能で、彼女が連れてきた同性の恋人も英語しか話さない。エヴリンは、監査が入ったため税金の再申告をしに行かねばならないのだが、もはやいろんなことがいっぱいいっぱい。娘を通訳代わりに連れて行くのを諦めて、言う。自分の英語は問題ないと。娘に対して(自分は)理解のある母で良かった、とも。
でも、落ち着きなく飛び交う家族の会話は、英語と中国語がチャンポンされていて、聞いていると耳が混乱してくる。それはおよそ意図的に使い分けているとは思いにくい。混乱しているのは、おそらくエヴリンの頭の中も同様なのだろう。エヴリンは家族に、日々の生活に疲れていて、また常に混乱している。


比較的序盤から、加速がついていく物語。
急に、SFなのかコメディなのか分からないぶっとんだ設定が、主人公エヴリンと観客に、大急ぎで説明される。優しいけれど頼りなく、エヴリンから見ると、忙し過ぎる自分を理解していない、出来れば話しかけてこないで欲しいとまで思っていた平凡な夫は、
突然、別の宇宙からきた別の夫に変わっていた。
メガネを外した夫は言う。
「全宇宙にカオスをもたらそうとしている強大な悪がいる、それを倒せるのは君だけだ」


‥何じゃそれ??


ニヤニヤが止まらない。


ここまでは、ネタバレではない、
ここからが、物語の始まりなのである。


真面目に考えれば訳の分からない話である。
主人公は、魔法のスティックも変身ベルトも持ってない、悩めるどこにでもいるおばさん。実際、私は冒頭、ヨー演じるエヴリンが途中まで義母と重なって見えて仕方なかった。異国の地に越してきて、言葉を覚え、優しい夫と共に必死に働いてきた主人公。自分の親と子とでは価値観からして違っていて、その間に入って一人一生懸命頑張ってるつもりだけど、何もかも空回ってる。全て同じ、ということではないのだが、必死で生活と闘ってきて、家族に投げかける声のトーン、言葉のテンポにでる無意識のうちの何かが、以前の義母のそれとよく似ていた。義母は中国出身ではないので、言語のせいではない、と、思う。いや、同じ東アジアに共通するリズムがあるのかな。


隣に居るのはもう何年も連れ添っている、見慣れた旦那。全然頼りにならない旦那、だったはずなのに。それが突然
「自分は別の宇宙からきた」
「世界を救えるのは君だけだ」
なんて、妄想めいたこと言い出されても、ねぇ。

実際、私はこの映画を観ながら、〝マルチバース〟というまだあまり使い慣れない単語よりも、何度も〝妄想〟と言う言葉が浮かんでいた。このところうりもさんの妄想勉強会で新しい学びをしていたからかも知れない。想像してみてください。別の世界の私。ここじゃない違うところにいる私。
あの時、もう一つの道を選んでいたら、あの時、あなたにあんな返事をしなかったら、存在していたかも知れない、別の私。
そんなことを、一度も想像したことのない人なんているだろうか?有名な曲のサビが頭をよぎる。あの日・あの時・あの場所で。

エヴリンは、今までにおいて一つ一つ人生の選択をしてきたのだけれど、その裏には沢山の「こうだったかも知れない」実在しないエヴリンが居る。結婚せず、世界的スターになっている私。今と違う仕事をしていて、同僚の隠された秘密を知ってしまう私、愛する人と手を繋ぎあえない世界にいる私、etc.‥‥。‥中には、自分の選択関係なくそんな世界ある⁈と思えるような多元宇宙マルチバースの私も混ざり込んでいるが‥

エヴリンは、そんなこと、今この私ではなくて別の世界の私に頼んで!と丸投げして逃げ出そうとする。
その気持ちはよく分かる。急に始まる冒険活劇の主人公なんて。私なんか関係ない、私なんてムリ。膝をついて、おばさん丸出しの情けないかっこうで、ヨタヨタとその場から逃げ出そうとする姿に共感しかない。
(と言うか、あのグリーンディスティニーの(情報が20年前で止まっている)キリッとカッコいいミシェル・ヨーのオーラが、完全に消されているのが、すごい。)


追い詰められ、夫の言うことに何とか従って、別の世界の自分(の持つ能力)を召喚するエヴリン。もうそこからは、実在しないどころか、敵も味方も入れ替わり立ち替わり、膨大な「だったかも知れない私」として大暴れする。そのヘンテコさぶりは、実際映画を観て、観た人が大笑いするなり呆れるなりしてもらうとして。(私は、実際笑いながら少し引いた。)

最初に、こっそり鞄からハンカチを取り出したのはどのシーンだったか。
途中から、もうポケットに戻せずに、常に顔の辺りで握りしめていた。
気がついたら涙でグチャグチャになっていた。

こっちの世界の私は、○○になっている私。
あっちの世界の私は、△△を続けてきた私。
では、この私は一体、これまで何をしてきたの?
ここに居る今の私は、何が出来る私なの?
エヴリンは夫に言われる。
ここに居る君はびっくりするぐらい、何も成し遂げなかった君、だと。


エヴリンは、お義母さんじゃない、
まるで私じゃないか。


一つひとつ道を選んできたはずの自分は、何もできていなかったという事実を突きつけられて、
でも、そんなエヴリンに、重ねるように夫はあることを言う。
そのメッセージは、最初文章に打っていたのだけれど、今消した。記事を読んでいる方で、まだ映画を観ていない人がいつかこの作品を観ることがあったら、きっとそれこそが、観た人への強いメッセージになるだろうと思うから。

長々と書いていたら、4,000字近くになってしまった。だから感想文って難しいのだ。
他にも、この映画を観に行くきっかけになったキー・ホイ・クヮンの、アクションのカッコ良さとか優しい眼差しとか(彼が演じた夫ウェイモンドを語る上で、この「優しさ」と言うのが映画の一つのキーワードになる。オーディションでこの役を射止めたそうだが、観終わった後ではもはやこの人以外考えられない)、エヴリンの娘ジョイを演じたステファニー・スーの、心揺さぶられる振れ幅の大きい化けっぷりとか(初めて観たがこの人もすごい女優だと思う!)、同じくこの作品でアカデミー助演女優賞を獲ったジェイミー・リー・カーティスの大暴れっぷりなど(見たことある顔だと思いつつ、とうとう最後のエンドロールまでこの人と認識してなかった!彼女も劇中オーラを消し去っている)、
まだまだ4,500字ぐらいまで書ける気はするが、この辺で止めておこうと思う。


あ、一つだけ追加させてください。
皆さんが、穴の空いた‥って思い浮かべる食べ物は、なんですか?
私だったら、もちろんドーナッツ。
アメリカでは、違うのかな。
とにかく、その穴が、全てを吸い込んでしまうらしい。


キー・ホイ・クヮン氏。
グーニーズのデータ君。可愛かったな。


今レビューを見たら⭐︎2.8だった。可もなく不可もない作品なんかではなく、それだけ好き嫌いのくっきり分かれる内容なんだと思う。やれマルチバースだ、やれ家族愛の話だ、といろいろな切り口があるけれど、私にとっては、ずばり、自分の人生に胸を張れ と勇気をくれる映画でした。


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