佐久間大進(さくまだいしん)Daishin Sakuma

多摩美→京都市立芸術大学 ✻ Portfolio: https://fxx.hurui…

佐久間大進(さくまだいしん)Daishin Sakuma

多摩美→京都市立芸術大学 ✻ Portfolio: https://fxx.huruike.com

マガジン

  • 写真論・自作論

    写真と写真家と被写体の関係を問い直し、人間の視覚世界における意味に縛られない自由な写真の可能性を考えることで、写真における抽象や無意識という問題について、ジェンダー写真論、暴力装置としての写真などの諸批判を踏まえて取り組んでいます。 佐久間大進(写真家)2001〜 フィルムやピンホールカメラでの撮影・現像、フォトマニュピュレーションやデジタルでのフォトリタッチを中・高時代に学び、主にカナダ留学中(高校〜大学進学時にかけて)はストリート・スナップを制作。多摩美術大学に入学し、2020年ごろからは写真や写真の表面や形質への関心を強め《写真的空間平面における形質》シリーズや《事物に抽象的な写真》、《写真的な、あまりに写真的な》といったシリーズに取り組み始める。写真における抽象という問題や写真と写真家と被写体の関係といった問題に注目し、ジャンルや技法、被写体を横断した制作を続けている。

  • 中の上に安住する田中 —シュルレアリスティックな中編連載—

    超現実主義的なショートショート連載「中の上に安住する田中」をまとめています。

最近の記事

ひとすはな

 湖中のさかなのように、はやくとりのように、わたしひとすはなである。そのかおりが、位置する場所に家はあり、営みがあり、住所もある。  ある人が、小さい頃、嫌いであった銀杏を、料理を始めたことをきっかけに食べられるようになったと話した。彼女は、この味が、煎り方で変わると知ってから、不快さを失ったと言った。香りや味の不快さや心地よさは自明ではない。それが何の香りかがわからないことの不快さや、それが体に害を与えないということが不明であることの不快さがあって、それは香りへの反応ではな

    • おしゃれで使いやすい日本語フォント49選!!! 和文/英文/縦書き/横書きで美しく汎用性の高いフォント

       こんにちは佐久間大進です。今回は、美大・芸大生(だからどうした)の私が自分のための忘備録的な意味合いも兼ねて『使いやすいフォント』を49個まとめてみようと思います。  今回のテーマとしては英文和文、組版の縦横や文字の大小が入り交じる環境でも安定して美しく使いやすいことを設定しました。そのため例文には難しい漢字や平仮名、カタカナ、英語、記号などを織り交ぜてみました。  目次は次のとおりになります。  明朝やアンチック、角ゴシック、ピクセル系などジャンルごとに分けて並べていま

      • MKBHDの動画がきれいな理由を考察してみた

         今回はアメリカのユーチューバーMKBHDさんの動画がきれいな理由を考察してみました。(5分でオートマティズム的に即興で書いた記事なので、文章が変なのはお許し下さい)  MKBHDさんというのは、アメリカのガジェット系の動画配信者で、ハイクオリティーな映像や音声でテック系のレビューや考察を発信されている方です。今回は彼の動画がなぜきれいなのか考えるということが主題になります。というのもYouTubeに関心のある人であれば、一度は「YouTubeには実は裏設定があって、特定の有

        • 『ぼけについて』YouTube動画の台本も兼ねて

          ——写真を初めて10年ほどになるのですが、ぼけというのは、なんなのか、いまだにわからないというお話し——  写真はとても難しいので、わからないものはぼけ以外にもたくさんあります。例えば『ヌケ』とは、『影』とは、『色』とは、『生っぽさ』とはなどなど、いろいろなわからないことはありますし、いい画角とか構図とか、結局のところ、上達すればするほどわからなくなってゆくものであります。  構図とかに関しては、もちろんセンスとかハズしみたいなこともあると言えばあるのですが、しかしそれにも

        マガジン

        • 写真論・自作論
          7本
        • 中の上に安住する田中 —シュルレアリスティックな中編連載—
          19本

        記事

          [2/4(日)まで]写真展『さようなら、そして、はじめまして写真』中間レポート

           私の初めての個展、写真展『さようなら、そして、はじめまして写真』1/26(金)〜2/4(日)が最初の土日をこすので、ここで中間レポートと題して自分の考えを一方的に述べ連ねる記事を書きたいと思います。  早速本題に入りたいのですが、一応、本題に入る前に開催情報も載せさせてください。  会期は2月4日(日)までです。2月4日まで無休です。時間は12:00〜19:00、最終日のみ18:00に閉廊です。会場は目黒駅から徒歩5分の《Mini Gallery Coconeil》という

          [2/4(日)まで]写真展『さようなら、そして、はじめまして写真』中間レポート

          『さようなら、そして、はじめまして写真』個展をします!

           この記事では、1月26日(金)から開催する個展『さようなら、そして、はじめまして写真』の紹介をしたいと思っています。少し長くなると思いますが、もちろん全部無料で読めます。写真についての色々も他の記事やYouTube等でもお話ししてるので、もし興味があればそちらもぜひご覧ください。  それでは早速軽く自己紹介からしたいと思います。私は多摩美術大学の4年生で、エドワード・ウェストンというアメリカの20世紀前半に活躍した写真家を中心に、写真史や技術、また映像の歴史や文化などにつ

          『さようなら、そして、はじめまして写真』個展をします!

          個展の開催情報(インスタグラム投稿)へのリンク

          インスタの投稿へのリンクです! note専用の記事も書きますが、メインのSNSがインスタなので一応

          個展の開催情報(インスタグラム投稿)へのリンク

          Artgeneで作品販売を開始しました

          https://www.artgene.net/daishin_sakuma/ Artgeneという作品販売サイトで作品販売を開始しました。今まで通り手刷りの作品は直接ご連絡いただけましたら一点一点お作りいたします。

          Artgeneで作品販売を開始しました

          グーグルにインスタをインデックスしていただくための施策

          https://www.instagram.com/p/CuyNRrLpWzK/?img_index=1 私のインスタグラムアカウントをどうにかしてグーグルにインデックスしてもらうため、外部リンクを作っています。プロフィールページへのリンクはいろんなところから張っているのですが、少し英語のインスタ運用術系の記事を見ていたら、特定のポストへの直リンクがあることでよりインデックスされやすくなるという記述を見つけたので、試している次第でございます。 リンクしているのは個展の告知ポ

          グーグルにインスタをインデックスしていただくための施策

          写真において気持ちのいいこと気持ちの悪いこと

           こんにちは、ご無沙汰しております佐久間大進です。今日は久しぶりに最近思っていることをテーマに短いノートを書いてみようと思います。  今回のテーマは写真における気持ちよさとか気持ち悪さです。抽象的に言えば写真の良し悪しについて考える中でこのテーマが現れてきます。また写真の『良し悪し』と言っても、今回は特に構図とかピントについて考えるということになると思います。  写真の良し悪しについて、日々考えて生きているわけですが、その中でも良し悪しについての考え方とか評価軸、取り組み方が

          写真において気持ちのいいこと気持ちの悪いこと

          多くの見捨てられた写真のために

           これは2022年の11月4日から6日にわたって開かれた多摩美術大学芸術祭で行った展示で配布したハンドアウトの文章の写しです。  はじめに記録性は写真においてもっとも付随的な性質であることを宣言する。この場合写真は、指標や指示、対象、指向などといった一連の所与の性質を外界に求めない。これはまた、ある写真に対するまなざしがその写真と外界との界面に唯一の焦点を結ぶことを意味する。  こうした前提のもとに、私は写真という驚くほど豊かな広がりを有するこの概念の中心に近い部分で道半

          多くの見捨てられた写真のために

          Prior to Our Vision / 写真家の契り

             写真的な、余りに写真的な。  これはあるキュレーターの方から頂きました私の制作への批判について、私のその時点での所存を明確にしようと書いた文章であるために、語気が強くなっていたり、芸術性のないものとなっていることをお許しください。  これまで写真や映像は、人間の知覚の範疇で、時間や空間、身体との密接な関わりのなかで手懐けられてきた。こうした利用に奉仕する写真や映像の集合には、共通してある文法が立ち上がり、こうしたものを私たちは写真や映像の文法だと思って扱ってきた。し

          写真について

           祖母が旅行先で撮った写真を見ることが写真と私との出会いでした。私の祖母は写真を撮る人で、異国の建築や人々、日本の山々や海岸、地層を写真におさめていました。そして、ときどき祖母に会う時には、彼女の撮った写真を彼女の説明とともに見るわけですが、私は彼女が写真を通して、そうしたもの(人々や建築、風景など)と関わろうとするのを小さい頃からずっと、断続的に見てきました。つい先ほどそう述べたようにこれが私にとっての写真との出会いではあったのですが、同時にこれはずっと不思議でした。そして

          世界と写真と写真家

           写真において絶対的に重要で問題となることは、写真と世界がどのような関係を結んでいるかということや、また、写真と写真家がどのような関係を結んでいるかということ、そして写真家と世界の関係というものなのだと思います。これは、写真という定義が示しうる最も広い範囲においても重要であるような問題であると思います。これは、写真がある『構造である』とした場合に重要であることです。また、もう少し限定的にはなりますが、しかしほぼ全てのいわゆる写真についてあてはまる問題としては、平面性や平面性と

          第二十話 Good Bye 連載 中の上に安住する田中

           ちっぽけで、些細なもの。それは、時に大切なものであった。このブルーベリーは、冬には実らない。誰にとってもどうでも良いことも、僕が大切だと思っている僕は——これは自惚れかもしれないが——やはり大切なんだと思った。  彼女は、いや元カノが田中誠と言うありふれた名前の僕を「ゆう」と呼ぶことがあった。聞いたら「ゆうちゃん」の「ゆう」は「優しさ」の「ゆう」であったらしい。でも「優しい」がどういうことか、僕にはわからなかった。  今もわからないけど、思い出した——甘酸っぱい味は、どこか

          第二十話 Good Bye 連載 中の上に安住する田中

          第十九話 順番 連載 中の上に安住する田中

           雪がいつの間にか降り始めた。僕は正月の間に鈍りきった体を駆って、思い出の学校まで少し散歩に出ることにした。はんてんの上にもう一枚外套を羽織っただけだが、もう暗く人気もほとんどない田舎。夜目遠目にはなんの問題もないだろう。  ああ。明日には、京都に戻らなければならない。  小さな神社の庭を通り抜けたところに、腰までの石垣があって、小さなセンリョウが月明かりに鈍く照らされている。この近くにブルーベリーの原種のような木もあって、とある先輩に教えてもらってからは、登校途中に、毎朝食

          第十九話 順番 連載 中の上に安住する田中