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西川周作選手の"厳命"で、僕はどんどん髪が短くなった。


浦和レッズのゴールキーパー、西川周作選手が金字塔を打ち立てた。

史上9人目のJ1通算500試合出場。
34歳10か月での達成は、史上最年少記録だ。

大分トリニータでの高卒1年目シーズンから、レギュラーとして試合に出ていた。
2009年以降は、わずか2試合しか欠場していない。だからこそ、年間34試合しかないJリーグで、これだけ早く大台に到達した。

大事なのは、ケガをしないだけではない。
高いモチベーションを持ち続け、体調やプレーの質を常に高く保ち続ける。そうでなければ、試合には出続けられない。

そんな西川選手との忘れられない思い出がある。
あの日、彼は僕に、こう求めてきた。

「絶対に、続けてください」

それは「続けることで見えてくるもの」について考える、貴重な機会になった。

ペン


2016年7月2日。
東京の朝はくもり空だったが、日中の気温は30度をこえるという予報が出ていた。

「福岡はもっと暑いみたいよ」

妻が言う。
僕はその年、浦和レッズ担当記者2年目だった。その日は飛行機で福岡に飛び、アビスパ福岡戦を取材することになっていた。

「試合前にその伸びた髪を切りなさいね。暑苦しいから」

「でも、いつもの店に行く時間がないよ」

「1000円カットなら、どこにでもあるでしょ。時間もかからない」

不服だった。
よくわからないこだわりで、1000円カット店だけはどんなに勧められても利用してこなかった。

「身だしなみは、記者の最低限の心がけだと思うけど、違うの?福岡の取材エリア、今夜は蒸すでしょうね。暑苦しさが、輪をかける」

おっしゃる通り。
詰め切られ、観念した。

飛行機


福岡空港は立地がいい。

サッカーやラグビーの取材なら、なおさらだ。
アビスパ福岡の本拠地・レベルファイブスタジアム(現・ベスト電器スタジアム)までは、空港からシャトルバスで8分、徒歩7分で着く。

そして、博多駅に出るのにも、地下鉄で2駅だ。
僕はいったんそちらに向かい、駅近くの1000円カット店に入った。

ネットで事前に調べた通りに、チケットを買い、列に並ぶ。
ほどなく順番がやってきた。簡単にイメージを伝え、髪を切ってもらった。

いい。すごくいい。

担当してくださった方の腕は確かだった。
すっきりとした短髪に仕上がった。気分よく、スタジアムへ向かった。

だが、試合が始まってすぐ、僕はそのきれいに整えられた頭を抱えることになる。

サッカーボール


前半22分。
レッズの槙野選手が、ペナルティーエリア内で相手FWを倒した。

PK。そしてレッドカード。
先制を許しただけでなく、数的不利の状況にも陥ってしまった。

悪夢が脳裏をよぎった。

この年のレッズは開幕以来、快調に白星を重ねていた。
だが、5月半ばからその状況が一変した。

優勝候補と目されたアジアチャンピオンズリーグでは、準々決勝でFCソウルに延長戦の末に惜敗。
このショックを引きずってか、Jリーグでも1か月以上、勝ち星から遠ざかった。

6月18日。アウェーの広島戦では4失点の末、3連敗目を喫した。
これで第1ステージ優勝の可能性も消えた。

試合後にスタンドにあいさつをする選手たちの足元には、ペットボトルが投げつけられた。さらには水をかけられた選手までいた。


サッカーボール


直後のホーム2連戦で勝利を重ね、復調の兆しは見えていた。

とはいえ、悪いイメージが完全に消えていたわけでもなかった。
そんな最中の退場劇。担当記者の僕らも青ざめていたと思う。

だが、この夜のレッズはしぶとかった。

前半終了間際、セットプレーから那須選手が頭で決めて同点に。
後半は2トップに戻して攻めに出て、興梠選手のゴールで勝ち越した。

「この勝利はホント、大きいですよ」

試合後。西川選手は取材エリアでそう言い、笑顔を弾けさせた。

ペン


一通りの取材対応を終えた西川選手が、急にこちらを振り返った。

「気になっていたんですけど、塩さん、髪切った?」

「うん、実は福岡空港についてから、急いで1000円カットで…」

「そうですよね。昨日と違うから。いつも試合前に切ってるの?」

「いや、初めて」

「ああ、なるほどねぇ」

彼は腕組みをして、ことさらに考え込む様子をしてみせた。
そしてニヤリと笑って言う。

「それ、絶対に続けてくださいね」

彼の言うところがすぐにわからなかった。
きっと、とぼけた表情になってしまっていたと思う。そんな僕に構わず、彼は"厳命"する。

「こんなめったにない展開で勝った時に、めったにないことをしちゃっていたわけだから。ゲン担ぎとして、しばらく続けてもらわないと」

飛行機


そこから僕は、全国各地の1000円カット店にお世話になることになった。

埼玉スタジアムでの試合の時は、都内のお店に寄ってから、南北線に乗る。

週末のお店は混んでいるから、空いているところを探して入る。
飯田橋、市ヶ谷、麹町、新宿南口…。結果として、たくさんのお店を回った。

アウェー戦なら、東京駅や羽田空港のお店で切る、という手もある。
だが「最初のケース」が博多駅前だった。それにならって、できるだけ現地に着いてから切った。仙台、甲府、名古屋、神戸…。

夏休みの時期、Jリーグは週に2回の連戦を迎える。
すなわち、僕も週に2回、髪を切ることになる。店員さんにカットのイメージを伝えるのも、なかなか難しい。

「伸びた分だけお願いします」

「いつ切ったんですか?」

「ええっと…2週間前くらいかな?」

3日前、と言うのが何となく恥ずかしくて、ついウソをついた。
それがあだになった。おそらく、2週間分の長さを切られてしまっていたのだろう。髪がどんどん短くなった。

ペン


それを見て、練習後の西川選手が笑う。

「今日も気合入ってますねー!」

「いやいや、西川選手が言うから」

「でもおかげさまで、勝ててますから」

レッズは7月から8月半ばにかけての連戦を、7勝1分け無敗で駆け抜けた。
むろん、担当記者の散髪ペースとはまったくの無関係だ。だが、西川選手が妙に嬉しそうなので、よしとしておく。

それにしても、と彼は言う。

「続けていると、ちょっとしたことに気づけません?」

確かにそうだ。
常に整った状態にしておくと、ちょっと髪が乱れたり、伸びたりしただけで、無性に気になる。

ハッとした。何かとても大事なことを言ってくれている気がする。
話を掘り下げたいと思った。だがその時にはすでに、西川選手はロッカールームの方に消えていってしまっていた。

サッカーボール


「大事なこと」をはっきりさせられたのは、それから2年後のことだ。

そのころ、僕は日刊スポーツ新聞社から、LINE株式会社に移っていた。

浦和レッズとのお付き合いは、形を変えて続いた。
クラブには「浦和レッズニュース」というアカウントを作ってもらった。LINEアプリのトークタブに、選手の近況を伝えるクラブ公式記事が届く仕組みだ。

その一環で、クラブ公式の動画企画である「選手と著名人の対談」に関わらせてもらうことになった。
記者時代の自分のつてをフル活用した。まずはゴルフの石川遼プロを大原サッカー場に招いて、柏木陽介選手と対談してもらった。

そして2018年8月、西川選手の企画を立てた。
西武ライオンズ担当時代に取材していた、源田壮亮選手との対談という形にさせてもらった。


ボール②


大分出身同士。そして、屈指の守備の名手。
共通項はあったが、面識はなかったようだ。話をするのは、当然初めて。

そんな2人に、こうお願いをした。

「ゴールキーパーと遊撃手の技術論の共通点と相違点を語ってほしい」

むちゃ振りだが、2人はよく応えてくれた。

普通に取材をしていると、意外と聞けない。
そんな細かい点について話を聞くこともできた。そしてさらに、2年前に明らかにできなかった「大事なこと」も話題にあがった。

シューズ


試合に向けた準備について語るくだり。
キックオフ直前の西川選手のウォームアップ映像を見た源田選手は「こんなにハードにやるんですか」と目を丸くした。

「そうですね。試合中は逆に汗もかかないので、いったんここでしっかり身体をほぐしておく感じです」

「これは…きつそうです」

「はい。ここまで追い込む中で、今日は身体が動いていないな、みたいなことを感じ取って、調整をします」

「分かります。僕も毎試合、プレーボール前に同じ準備をしていて。だからこそ『今日は動いてない』『反応がにぶいかも』みたいなところにも気づける」

サッカーボール


そういうことか。

同じように続けるからこそ、自分の中の小さな変化に気づくことができる。
ふたりとも、そう考えている。

続けることを何より重視する。
だからこそ西川選手は、散髪を続ける僕の頭などにもつい「続けるからこそ分かること」を見て取ったのだろう。

一方の源田選手もまた、若くして「続ける」アスリートだ。
対談をしたこの年は最終的に、プロ野球史上初となる「新人から2年連続フルイニング出場」という偉業を達成することになる。

同じことを続けるからこそ、小さな違和感も見逃さず、調整ができる。
だからこそ、プレーの質が下がらず、試合に出続けられる。

「続けるから、続く」
そんな正のスパイラルを、彼らは描き続けているのだと感じた。

スマホ


J1通算500試合出場を達成してから数日後。

僕はLINEでお祝いのメッセージを送った。
そして「500試合の間、続けてきたことってある?」と聞いてみた。

西川選手は即レスしてきた。

「円陣が終わってポジションにつく時、左ポスト、右ポスト、最後は上のバーに話しかけて、試合開始の笛を待つ、です」

ユース時代にトップチームの正GK、岡中勇人さんの振る舞いを見て「自分も」と学んだ。
そうしてつくったルーティーンを、2005年7月12日の横浜F・マリノス戦でJ1デビューして以来、欠かさず続けているという。

とはいえ、である。
500試合もやっていれば、一度くらいはルーティーンを忘れたり、試合進行の都合でできなかったり、ということはあったのではないか。

「これが一度もないのです!前後半の開始時、必ず!」

彼はそう断言した。

サッカーボール


両ポストの間を行き来する際に、時になぜか間隔が遠く感じることもある。

あるいは、話しかけるために見上げたクロスバーが近く見えたり、遠く見えたり。そんな時は「普段の自分とは何かが違う」と考えた方がいい。

違和感の原因を突き止められるなら、是正をする。
それができないなら、いつもと感覚が違うことを分かった上でプレーをする。

そうやって西川選手は、試合開始の笛が鳴る直前まで、自分の中の「変化」「違和感」を探り続ける。
何もなければ、それこそ何より、だ。その日のプレーには確信が加わる。

自分の変化に対して、敏感であり続ける。
だからこそ西川選手は長年にわたって、トップフォームを保っている。先月には4年ぶりに、日本代表にも復帰してみせた。

◇   ◇   ◇


このエピソードを書かせてもらうね。

そう伝えると、西川選手は「ぜひぜひ!」と喜んでくれた。

「塩さんの記事、いつも楽しみにしてます。書き続けてくださいね」

そうやってまた、僕を「続ける仲間」に巻き込んでくれる。
彼のような歴史的な選手を相手に、おこがましい限りだが、本当にありがたい。気持ちが高まる。

そう。
僕も続けないといけない。

楽しみにしてもらえるものを目指して、書き続ける。



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