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修士1年のときFacebook本社でインターンするまでの話 (2013)

日本在住で海外に就職したい学生さんと話すことが年に一度くらいあり、そういえば自分の経験を書いてなかったなと思ったので、書いてみることにします。どれくらい再現性のある話かはわかりませんが、一部の人に届くと良いな。

自分が就活してるときは日本の大学院からシリコンバレーのテック企業に直接就職というのはあんまり前例がないのかな、と思っていたのですが、実際来てみると似たような待遇の人はそれなりにいる(オンラインで全然発信してない人もたくさんいる)し、今はもっと増えてるのでは、と思っています。

まず前提条件として、2012年の春ごろ、僕はこのような状態でした

・東大CS系の大学院で修士一年
・前年にGoogle Japanでインターン
・個人で作ったAndroidアプリが数万ダウンロード (良い時代でした)
・英語は受験勉強で培った力がメイン、留学経験などは無し

前年にGoogle Japanでインターンしたつながりで、USのインターンを紹介してもらえるようにお願いしたのですが、USの選考は数ヶ月の沈黙の後、引き取り手がないということでお祈りをくらってしまいました。たしかGoogleSummerOfCodeも出しましたが落ちました。

シリコンバレーファンボーイだった僕はなんとかシリコンバレーのテック企業でインターンをしてみたく、indeedやLinkedInで知ってる企業かつ自分の得意なドメイン(Androidアプリ開発)が活かせそうな企業に片っ端から応募してみることにしました。GAFAMをはじめ、合計20社ほど出しました。

応募に際しては基本的に英語のレジュメと、カバーレターを提出することになります。カバーレターは正直ほぼコピペですが、一応ある程度文面を変えてました。Yelpに出すときは食べログの話をしたり、Twitterに出すときは自分が過去に作ったTwitter向けChrome拡張の話をしたり。結果的にはそういうしっかり書き込んだやつだけ返事が来たような気もしますが、そもそも試行回数が少ないのでどれくらいカバーレターが読まれてるのかは謎です。

結果的にうまくいってよかったですが、後から振り返って思うこと:
1. やりたいことをもうちょっと明確化して もっと多くの企業に応募すればよかった(あんま小さいとこだとインターナショナルなインターンは受け入れてくれないので難しいですが)
2. LinkedInなりで現地の人に連絡してレジュメ添削なりリファレンスなり頼んでも良かった。自分がおっさんになって思いますが、タイミングがあえばがんばる若者を助けてあげたいおじさんおばさんは一定数います(DMしてください)
3. もっと早く動き出すべきだった。5月時点で夏のインターンに応募してたのですがどうやら遅かったみたいです
4. IndeedやLinkedInでがむしゃらに探すだけでなく、急成長中のスタートアップをTechCrunchで調べるなり、githubでイケてるOSSを作ってる会社をさがすなり、いろいろ会社探しのアングルが工夫できたかも(ただ当時は今よりも英語を読むのが重労働だったのであんまりできなかったというのはある)

ほとんどの企業からはリジェクトか、返事もこないという状況でしたが、運良くTwitter, Yelp, Facebookから面接の連絡をもらいました。他にもいくつか小規模スタートアップと会話をしたような記憶があります。

面接は基本的にcoderpad的なものを使ったコーディング面接でした。オンラインテストもあったかな。この時期は「世界で闘うプログラミング力を鍛える本」(cracking the coding interviewという本の和訳)をひたすら読んでいました。いまだとLeetCodeで過去問をやり込むのがよさそうです。

一番最初の面接はTwitterだったのですがこれははっきり言って玉砕でした。ビデオ通話で英語の技術面接をするということが全く初めてだったので、緊張もあり全くコミュニケーションがとれないまま終わりました。こればかりは場数をこなすしかないので、しょうがない敗戦でした。

Yelpはいい感じにプロセスが進んでいたのですが、時期的にどうしても(休学しない限り)フルタイム勤務が難しい感じだったのでお断りしました。

Facebookは選考自体が伸びて(待たされて)、5月に応募したのですが面接は7月とかでした。おかげでだいぶ面接慣れした状態で受けることができ、無事にオファーをもらうことができそうでした。この時期のFacebookは通年でインターンを採用しており、もう夏と秋の部は締め切ってしまったので、最短で冬(1-3月)であれば来れるとのことでした。

幸いにも自分の所属していた研究室は放任主義だったことと、研究が全く楽しくなかったこともあり、心は決まっていました。自分の通っていた大学院は必修の授業などはほとんどなく、個人が自発的に研究に時間を割く感じでした(実際僕も基本的には平日毎日研究室に通い心をすり減らしていた)。なので休もうと思えば休学などせず三ヶ月休めちゃう状態でした。

卒業に必要な単位は前期のうちにほぼ取得していました。とはいえ必修が全く無かったということもない気がするのでどうしたか記憶が曖昧なのですが、なんとか調整すれば修了を遅らせずに行けるはず、という計算で踏み切りました。結果的にとても良い決断だったと思っています。

ビザはJ-1というインターンシップ向けのビザで、滞在先はFacebookの社宅でした。手続きは基本的に全部やってもらえるのでただ必要な情報を送れば良いです。

この時期のFacebookはまだ社員が5000人とか(当時のGoogleの1/10)で、自分たちはまだまだスタートアップなんだ!と言ってて、月イチでHackathonがあったりとても楽しい環境でした。人が少ないはずの冬の部でもインターンが30人とか居て、にぎやかでした。自分の部署は締切に遅れまくっていたためwar roomと呼ばれるガラス張りの部屋に詰め込まれ、フルタイムの人は9時まで残業したりしてました。インターン時代の思い出もまた機会があれば書きたいです。


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