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嫉妬される時の対処法

嫉妬は大きなエネルギーです。人間は自分には得がなくても嫉妬によって他者を引き摺り下ろすことすら行います。さらに嫉妬は正当性を手に入れた時により激しく燃え上がります。
同じような罪を犯した人がいても、ある人だけ大きな社会罰を受ける時は嫉妬が関係しているでしょう。
本音では「あいつが気に食わない」「あいつだけいい思いしやがって」「うまいことやりやがって」と思っているところに、相手を攻撃する正当な理由が加わった時攻撃は過激化します。相手に落ち度がある時は、自らの嫉妬心が隠せるからです。

つまり嫉妬はある種の可燃材料のようなもので、何かあった時に激しく燃え上がる下地を作ってしまうということです。
相手に嫉妬されまいと自らの行動を抑制する力がわが国はあまりにも強く、それが自由や、個性、さらには挑戦を奪っていると思います。お互いが嫉妬されまいと警戒し合う中で、強い抑制社会が生まれ、その抑制のストレスから、自由に生きている人へのやっかみがより強化されるというスパイラルに陥っているように思います。 ですから、大前提として嫉妬なんて気にせず、それぞれが自由に生きるのが大事だと思っています。

とは言え、嫉妬があるのは現実なので処世術として対処法は必要です。では他者に嫉妬されることはそもそも防げるのでしょうか。 嫉妬する人間は「自分で見ておきながら、勝手に自分の尊厳を傷つけられたと感じる性質」があります。ですから、まずその人たちの視界に入らないことが大切です。
これは決して人目に触れないようにするわけではありません。相手の意識に上がらないということです。人間が意識し続けられることはせいぜい数個ですから、意識されなければ視界に入りません。
では、どうすれば嫉妬する人の意識に上がらないか。端的に言えば「何を持っているか」を語らないことです。なにをしたいか、どうなりたいか、何が欲しいかはいくら語ってもいいです。
嫉妬する人は「差」に激しく反応します。未来は不確定なので「差」を意識しにくいですが、今の差は思いっきり意識させてしまいます。

「えーでもそれって」と思われた方。そうです。自分が持っているものの開示は相手の憧れも引き出します。他者から羨ましがられ、憧れられることと、嫉妬を引き出すことはほとんど同じです。「差」によって承認欲求を満たすことができます。そのために頑張ってきた人もいるでしょう。
ですから、後は個人の選択で、語っても、語らなくてもいいのだろうと思います。

相手に嫉妬されにくい形で開示する方法があります。それは「えっへんすごいだろ」と、無邪気に見せつける方法です。相手の「すごーい」という反応を期待せず、子供が自分の描いた絵を見せるように無邪気に行うことです。好きなものを披露するのであって、皆が欲しがるものを披露しているのではないことをよく理解するのが大事です。ただ、それは自分がうまく満たされていないと、他者が羨ましがることで自分を満たそうとする心理が働き、うまくいきません。

私はみんな謙虚にこそこそ隠すより、「えっへんすごいだろう」がある社会が良いと思っています。どうせ死んだら何も持っていけないので、生きている間に披露したいというのも人間らしいところじゃないかと思います。

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