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私小説のようなエッセイのような限りなく実話に近い小説『麻生優作はアメリカで名前を呼ばれたくない』12

※注)こちらはアメリカでの生活経験と、私や知人が実際に体験したエピソードを基に描いた、限りなく私小説に近いヒューマンドラマ小説のまとめです。この作品には個人的な見解や独断、そして偏見や差別を含む内容が含まれていますので閲覧には十分ご注意ください。


「いやね、昔ルームシェアしていた人が犬を飼ってたんですけれど、その犬が優作サンにそっくりなんですよね~」

 関係ないじゃん。全然関係ないじゃん俺の名前と。今までの例題はなんだったんだよ。優作は内心叫んでいた。

「ちなみに。その犬、パグなんですよ」
(パグ?)

 優作はらくだ男を本気で殴りたい衝動に駆られた。
 確かに自分は典型的なアジア人顔で欧米人のように凹凸のある顔ではない。顔を前後からハードプレスされたようにぺったんこで鼻も低く、後頭部も絶壁気味だ。頭もてっぺんだけ禿げててサイドに髪が残っている。言われればパグに似ているかもしれない。でも、どちらかというと髪型でいうならスヌーピーの方が似ている。
全く持って失礼極まりない。あんな不細工なパグに似てるなどと抜かしやがって。

「パグって、すっごく可愛いですよね」

「え?」

「鼻がぺっちゃんこで」

「え?」

「この間知り合った日本人女性も、顔と鼻がぺったんこでとても魅力的でした。それに一重で、二重あごで、三段腹で、健康的で。あ、私は総称してそういう女性を一二三(ひふみ)ちゃんと呼んでるのですが、一二三ちゃんはとてもかわいらしい。一二三ちゃんを妻に娶るのが私の夢です」

「ひふみが……可愛い……ですか?」

「はい。とってもキュートです」

「キュート……」

 そうだ。そうだった。欧米人の美的センスは日本人とはかなりズレているんだ。

「国際結婚をしてる日本人女性ってなんであんな朝青龍みたいな人たちが多いの?」と、妻のかおりは真面目な顔で首を傾げていたが、どすこいウーマンはアメリカではとにかくめちゃくちゃモテるのだ。

 それならその逆、不細工な小男が金髪碧眼の美女にモテるのもありじゃね? と期待したがそんな奇跡は起こらなかった。女たちが男に求めるのは経済力。それは日本もアメリカも同じだった。

「ところでボブの方は?」

「え? 誰ですか? ……あ! ボブって私のことか!」

「うーん、やっぱ優作サンでいきましょうか。私ならちゃんと発音できますし」

 (だったら、始めからそうしろよ!)

 優作はこのマイペースで身勝手ないかにも典型的なアメリカ人がますます嫌いになってきた。

「で、優作サンのご家族は?」

「わ、私ですか?」優作はぎくりとした。話が戻ってしまった。「単身赴任ってご存知ですか? 私は、妻を、日本に置いてきているのです」

「それは大変ですね、最愛の人が遠くはなれた異国の地で待たれている、というのは。さぞ、お辛いでしょう」

「ええ。でも、辛いのはべつに遠距離だからとかそういうのじゃないんですが」

「え? どういうのです?」

「あっ。いえ、なんでもないです。こっちのはなし」

 あぶないあぶない。思わずうっかりと自分の本音をしゃべってしまうところだった。

たとえ遠距離でも、夫婦の心が繋がっていれば住む場所が遠く離れていても問題はない。しかし、離婚を考えるとき、日本では言い出した側が慰謝料を払うという理不尽に感じる制度が存在する。そんなことをすれば家族という名の絆だけでなく、資産やプライドも失うリスクがある。そんな状況の中、金銭的損失を覚悟しても家族という形だけは守りたいと思うのは、もはや意地だった。

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