私小説のようなエッセイのような限りなく実話に近い小説『麻生優作はアメリカで名前を呼ばれたくない』8
「に、25セント!?」
ラクダまつげ――――神が目を剥いた。
ただでさえ大きな眼球が飛び出てきたので優作は思わずのけ反った。
(ふっかけすぎたか?)
「こんなに、まだまだ綺麗で履けるパンツが、25セント!?」
「あえ? え、ええ、でも、もう後ろの部分が擦れて薄くなってるでしょ? アメリカの電化製品って粗い……あいや、強力で……すぐ生地がダメになっちゃうんですよね。日本の洗濯機だと事細かに色々な濯い方が選べたりできるんですが、アメリカ製のは単純で……あわわ、えっと、シンプルで。あと、ほら、外に干せないし。乾燥機使わないといけないから生地がすぐ縮んだり悪くなったりするんですよぉう」
優作は悪口になりそうな言葉をなんとか言い換えた。
”単純”はネガティブに取られがちだが”シンプル”という響きはポジティブに聞こえる。
「それだけ?」
神は優作のパンツの左右端をひっぱりながら驚いた顔を見せた。
「といいますと?」
「いや、このパンツの色が薄くなっているというだけでもういらないのですか? 穴が開いているわけでもないのに? まだまだ使えるじゃないですか」
「え……だって……ここのお尻のとこだけ色が薄くなってるなんてかっこわるくないですか? なんか、下着姿のまま地べたに座るのが趣味の人みたいに思われるでしょ? そのまま尻にうんこがついた犬みたいに、ずるずると尻歩きするから薄くなってるんだぁ、とか思われたら恥ずかしいじゃないですか」
「そんな事、誰も思わないとおもいますけど……」
「思いますよ。良く使う部分は剥げてくるじゃないですかっ!」
「そもそも、下着姿なんて家族や恋人以外そうそう見せる機会ないですよね? 家族や恋人でも剥げてるところを見られると恥ずかしいのですか?」
「そりゃあ、恥ずかしいですよ! 貧乏くさいと思われたら嫌でしょ」
優作はそこまで言って、お前は売る気あるのか!? と自分に突っ込んだ。
自分のこういう無駄に素直で正直な所が営業でも不利だと学んだではないか。
もしコレがアメリカンやお隣アジアのヤツ等ならどんなジャンク商品でも「俺らの製品は世界一!」と自信たっぷり売り出すだろう。
でも、
俺のパンツは世界一! そんなこと言えるか!
日本人の多くは謙遜する気持ちが強いのと、無駄に気使いするせいでしばしば自分たちの価値を落としがちである。このことがアメリカでは日本人が思う程日本が高く評価されない理由の一つだと優作は思っていた。実力と技術は確かにずば抜けている。しかし、自己主張が苦手な日本人はプレゼンテーションと交渉術がどうしてもうまくできない。実力に自信が加われば鬼に金棒なのに、「いやいやそんな私どもの製品など」と謙遜するから言葉どおり受けて取られてしまう。だから技術は劣るものの自己主張だけは秀でている国々に、あっさりプレゼンテーションで負けてしまうのだ。
自己主張の国アメリカで生き残ることができるのは、実力があるなし関係なく、自信家の人間だ。
優作にはそれが足りなかった。
自分の言動にいつも後で後悔する。本当は自分の作品に自信があるのに、プレゼンテーションでうまく説明できない。
最終的に、
『いいかどうかわかりませんが、使ってみて価値を決めてください』などと言ってしまい、だれも手をつけてくれなかった。参加者のアメリカ人には、『自分が自信のないものを人に買ってもらおうなんてどういうつもりだ』と怒鳴られた。
優作は前回のプレゼンテーションのことを思い出して泣きそうになった。
自分がリストラ対象になったのは、これが原因でもある。
「あの~」
優作は突然視界に入って来た濃い顔に現実へと引き戻された。
「このパンツ、欲しいんですけど」
「え?」
「だからこのパンツください」
神が優作のパンツを突き出した。
「あ、ああ。それね」
「25¢ですよね」
小銭をポケットから取り出す神の手を、優作は押さえた。
「あっ、いい、いい。もうそれ、フリー(無料)でいいです!」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?