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岡口裁判官の民事裁判の経緯・その1

岡口基一裁判官を被告とする民事裁判は、2023年1月27日に、岡口裁判官側に44万円の損害賠償を命じる判決が下された。
問題とされたのは投稿1~投稿3の三つの表現であり、判決で、損害賠償が命じられたのは、投稿3に対してのみである。投稿1と投稿2は、不法行為とは認定されなかった。
双方からどのような主張がなされ、判決に至ったのか。民事裁判は書面審理であり、弁論準備手続きは非公開であったため、判決が出た現在も、十分に理解はされていない。クローズアップされたのは、公開で行われた遺族の証人尋問であり、遺族側の言い分のみが取り上げられている状況である。そのため、岡口裁判官が侮辱的・不合理な主張を行っていたかのような印象さえ持たれているのではないかと思われる。
今回は、原告側の第一回、二回の主張から、岡口裁判官側の第一回主張までを紹介していく。
なお、原告とは遺族側であり、被告とは岡口裁判官のことである。
原文をそのまま掲載した方が理解の助けになる場合も多いので、文中には文書からの引用が多くなることを、お断りしておく。

第一:訴状と答弁書
令和3年、原告である遺族父と遺族母は、被告である岡口裁判官に対して民事訴訟を提起した。当初の原告側代理人は、山本剛、中澤康介、多田幸生の三名の弁護士であった。
請求の趣旨を訴状より引用すると

1・被告は、原告らに対し、165万円及びこれに対する令和元年11月12日から支払い済みまで年5%の割合による金員を支払え。
2・訴訟費用は被告の負担とする。
との判決及び仮執行の宣言を求める。

というものである。
請求の対象となった行為として、遺族側は、岡口裁判官の以下の表現行為を挙げた。訴状より引用する。

投稿1:平成29年12月15日、ツイッター上の被告(注・岡口裁判官)の実名が付された自己のアカウントにおいて、本件刑事判決を閲覧することができる裁判所ウェブサイトのURLと共に、「首を絞められて苦しむ女性の姿に性的興奮を覚える性癖を持った男 そんな男に、無残にも殺されてしまった17歳の女性」というツイートを投稿した。
投稿2:平成30年10月5日、被告は、本件事件についての被告の言動に対する原告らの抗議について、被告のブログに「遺族には申し訳ないが、これでは単に因縁をつけているだけですよ。」と投稿した。
投稿3:令和元年11月12日、被告は、自らのフェイスブックにおいて「裁判所が判決書をネットにアップする選別基準」と題して、「その遺族の方々は、東京高裁を非難するのではなく、そのアップのリンクを貼った俺を非難するようにと、東京高裁事務局及び毎日新聞に洗脳されてしまい、いまだに、それを続けられています。東京高裁を非難することは一切せず、「リンクを貼って拡散したこと」を理由として、裁判官訴追委員会に俺の訴追の申立てをされたりしているというわけです。」と投稿した。

その他にも、関連事実として、平成30年4月22日に全裸に見えるような投稿をした、といった、およそ遺族とは関係ない、侮辱にも誹謗中傷にもなり得ないツイートなどを、岡口裁判官の非難されるべき言動として挙げている。この岡口裁判官の枝葉末節な言動に着目した、「関連事実」の項目が、訴状の約半分を占めているほどだ。
投稿1について、遺族側は
「刑法上の重要論点を含む本件刑事判決を法律家に周知するためのものと見ることはできず、閲覧者の性的好奇心に訴えかけて、興味本位で本件刑事判決を閲覧するよう誘導しようとするものというほかない」(訴状より)
とさしたる根拠を挙げずに断じ
「原告らは、わが子が性犯罪の被害に遭って殺害され、甚大な精神的苦痛を受けていた。かかる状況において、裁判官である被告が上記のような本件投稿1をしたことは、被害者の尊厳や遺族の心情に対する配慮を著しく欠いており、事件が後期の目にさらされて被害者の尊厳がこれ以上傷つけられることのないよう願っていた原告らに対する侮辱であり、原告らに多大なる精神的苦痛を与える不法行為であるというほかない」(訴状より)
と主張している。
投稿2、投稿3については
「原告らが自ら判断をする能力がなく、東京高裁事務局等の思惑通りに不合理な非難を続けている人物であるかのような印象を与える侮辱行為であり、また、原告らの社会的評価を低下させる名誉棄損行為である。本件投稿2及び本件投稿3が多数の者に向けてされたこととあいまって、被告による本件投稿1によって心情を害されて抗議等をするに至った原告ら遺族を侮辱してその心情をさらに傷つけ、犯罪被害者遺族の副次的な被害を拡大させる不法行為(民法709条、710条)であるというほかない」(訴状より)
と主張している。
岡口裁判官の表現では、ネット上では投稿3の「洗脳発言」が口を極めて叩かれたが、当初の訴状では、投稿1である判決文紹介ツイートを中心に据えている印象であった。
また、投稿1については、侮辱であり不法行為であると主張し、投稿2,3については侮辱的行為であり、原告らの社会的地位を低下させる名誉棄損行為である、と訴状の段階では主張していた。

これに対して、被告側である岡口裁判官側は、答弁書を提出した。訴訟代理人は、大賀浩一、小倉秀夫、西村正治、野間啓の四名である。
1・原告らの請求をいずれも棄却する
2・訴訟費用は原告の負担とする
との判決を求めると答弁を行った。
請求原因への認否は、簡潔に記されていた。概ね、以下のとおりである。
・原告らが東京高等裁判所に抗議を行ったこと及び裁判官訴追委員会に対し訴追請求を行ったことは不知、その余は認める。なお原告らからの直接抗議を受けて、被告は直ちに投稿1を削除している。
・投稿2を投稿した事実は認めるが、本件投稿2が「原告らの抗議に対してされたもの」であるという点は否認する。この投稿は、ある弁護士のツイートの文言をそのまま引用し、そのツイートのリンクを張ったものに過ぎない。
また、答弁書の段階では主張を行わなかった。遺族側の主張について、求釈明を行い、その後に主張するとのことであった。
求釈明の内容は、「原告ら(注:遺族側)の主張する責任原因(訴状「第2請求の原因」「4責任原因」)のうち、本件投稿1については侮辱であると明記されているのに対し、本件投稿2及び投稿3については、「侮辱行為であり、また、原告らの主観的評価を低下させる名誉棄損行為である」と並列的に主張されている」が、投稿2及び本件投稿3がそれぞれどのような事実の適示がなされているとする(あるいはどのような論評がなされているとする)趣旨か、明確にしてほしい、というものであった。

第二:原告側の更なる主張
原告側は、求釈明に対し、まずは犯罪被害者人格権を侵害されたと主張した。以下、引用すると

犯罪被害者に遺族には、犯罪被害の秘匿に関する固有の人格権(犯罪被害者人格権。一種のプライバシー権)が認められるべきである。
具体的には、①犯罪被害者のプライバシーに属する犯罪被害事実につき、②行為者による適示が犯罪被害により死亡した犯罪被害者の遺族の受忍限度を超える場合には、遺族の犯罪被害者等人格権が侵害されたものとして、民法709条の不法行為になるというべきである。

という主張であった。
そして、投稿1については、以下のように主張した。
・投稿1については、敬愛追慕の情及びプライバシー権を侵害し、犯罪被害者人格権を侵害する。
・投稿1は、被告人の異常な性癖や犯行の猟奇性に着目した表現により、閲覧者の性的好奇心に訴えかけて、興味本位で本件刑事判決を閲覧するよう誘導しようとするものである。

判決文紹介ツイートの表現は、どうみても猟奇的なものではないが、そのように主張したのである。主張の根拠は、以下のようなものであった。

・本件投稿1には本件判決に含まれる刑法上の論点についての言及がない
・誘導リンク先の刑事判決にはそれまで報道されたことのない詳細な犯罪被害事実が記載されていた
・被告は著名人であり多数のフォロワーがいたので、相当の人数が誘導リンク先の刑事判決を閲覧したと思われる
・原告らが本件投稿1のあと直ちに被告に対する抗議を行っている
・原告らが本件投稿1は被害者の尊厳に対する配慮が全くなく、本件刑事事件を軽視し茶化していると感じさせる書き込みであり、強い憤りを覚えたなどとして被申立人の処分を求める旨の要望書を提出した

投稿2及び投稿3については、犯罪被害者人格権等の侵害として、名誉権及び遺族が平穏に暮らす権利を侵害されたと主張した。
投稿2及び投稿3は、投稿1に対する原告らの抗議に対して
・原告らが自ら判断する能力がなく、東京高裁事務局等の思惑通りに不合理な非難を続けている人物であるかのような印象を与える侮辱的な投稿を行った
・原告らの名誉権を侵害するだけでなく、原告らが静穏に暮らす権利、故人を敬愛追慕する情等の犯罪被害者人格権を、連続的、かつ、重畳的に、侵害した
という主張であった。
求釈明については、以下引用する。

訴状において、原告が本件投稿1による損害を「侮辱」とした趣旨は、犯罪被害者等人格権の侵害のうち名誉権侵害以外の物(名誉感情の侵害を含む)を、最高裁が(本件投稿2及び本件投稿3について)用いた「侮辱」という語で表現したものである。

適示事項については訴状に記載した通りであり、現時点で補充的主張はない。
「侮辱」については、最高裁判所大法廷が、本件投稿2及び本件投稿3を「このような本件投稿の表現は、あたかも本件遺族(原告ら)が自ら」
(甲7、4P下から3行目~5P2行目引用)を踏まえ、犯罪被害者等人格権侵害のうち名誉権侵害以外の物(名誉感情の侵害を含む)を最高裁が用いた「侮辱」という語で表現したものである。

第三:岡口裁判官側の具体的主張
岡口裁判官側は、2021年8月20日付の被告弁論準備書面(1)で、反論と具体的な主張を行った。
まず、投稿の趣旨について、冒頭で以下のように説明した。以下、引用する。

被告は、様々な形で最新の法律情報を、法律実務家等法律に深い関心を有する人々に提供してきた。最高裁判所の公式ウェブサイト中の「下級裁判所裁判例速報」に掲載された、最新の裁判例が掲載されているウェブページをツイッターで紹介することも、その一環であった。

本件投稿1は、最新の法律情報の提供の一環として、本件刑事判決が「下級裁判所裁判例速報」に掲載された際に、これを紹介する趣旨で投稿した。本件刑事判決は、深刻な性犯罪殺人事件であることに加え、被告人が被害者の死を確認した後に姦淫に着手した場合に強姦未遂が成立するのかという刑事法上の重要論点に関する高裁判決であることもあり、同判決が掲載されているウェブページ(以下、「本件刑事判決ページという。」)のURLを紹介したのである。

被告は、上記裁判例速報において事案の概要などが掲載されている場合には、ウェブページに記載されている文章、あるいは、判決文に記載されている文言を参考にして紹介文を作成していた。

そして、投稿1について、以下のように主張した。
・被害者被告人(注:殺人事件の被告人)の氏名住所、犯行場所ともに、掲載されておらず、判決文を読んでも被害者を特定することは困難である。
・投稿1のような紹介文になったのは、性的意図に基づく殺人という本件犯罪の深刻な実相を表現するとともに、被告人において「当初から、被害者を殺害した後に姦淫行為に及ぶ意思であった」ということが法律的に重要な意味を持つからであった。
・殺人事件被害者の女性を冒涜したり、遺族を傷つける意図は全くなかった。
・刑事判決ページの裁判例が具体的に何の事件に関する裁判例であるかを知らないでその裁判例の紹介を行ったのであり、「本件事件に関し」投稿したものではない。
・原告から当初寄せられたツイートは「被害者の母親です。なぜ私たちに断りもなく判決文をこのような形であげているのですか?法律に触れない行為かもしれませんが、非常に不愉快です」というものであったが、判決文を掲載したのは被告ではなく東京高裁であり、その点でも原告に誤解があると感じた。
・誤解を解き、原告の心情を傷つけたとすればそのことをお詫びしなければならないと強く感じた。

また、岡口裁判官は、東京高裁が和解に向けて動いてくれることを期待していたが、東京高裁はSNSをやめるように言うだけで、和解に向けては動いてくれなかった旨を述べている。

投稿2についての主張は、以下引用する。

いろいろな意見が表明されている中で、被告自身の意見と一致しているわけではなかったが、このような意見も存在することを多くの人に知らせることも必要だと考えた被告は、被告自身が運営していたブログにおいて、「遺族には申し訳ないがこれでは単に因縁をつけているだけですよ」というエントリーを作成し、本文として、この某弁護士ツイートのURLのみを記載してこれを紹介した。
当時、被告は自己のツイッターに関係する一連の問題について論評する有識者の見解を機械的に紹介していたものであり、その内容は被告自身の考えの表明とは異なる。

投稿3については、以下のように背景を説明している。
本件刑事判決を下級審判決速報として最高裁のウェブサイトに掲載したのは東京高等裁判所の担当者であって、岡口裁判官はそのURLをツイート上に記載しただけである。本件刑事判決をウェブ上で公開したことが問題なのであれば、その批判はもっぱら東京高裁へ向かうべきなのではないかと考えた。
しかし、誤解が解けるどころか、被害者遺族らは裁判官訴追委員会への訴追申し立てを行い、更にそれを後押しするための署名運動が呼びかけられた。このため、原告らに誤った情報を与え、原告らを煽り立てている存在がいるのではないかとの疑念が、岡口裁判官に起こった
毎日新聞の伊藤記者は、岡口批判の記事を何度も書いており、他方、判決を公開してしまった東京高裁については何ら批判をしていなかった。東京高裁も、岡口裁判官のツイートを遺憾とするのみで、解決に向けて動こうとはしなかった。これら、岡口批判ばかりに接しているうちに、遺族が岡口裁判官の処分ばかりを求めるようになってしまっても無理はないと思った。
こうした状態にある中で、山中理司弁護士のブログに2019年11月12日、「下級裁判所判例集に掲載する裁判例の選別基準」が転載されたことを知った。これを見て、この基準に反して本件刑事判決を下級審裁判例速報に掲載した東京高裁の担当者の判断が原因ではないかと思い至り、友人を中心に情報交換をしていたFacebookに、山中弁護士の上記ブログ期日のURLとともに本件投稿3を投稿した。
そして、以下のように主張した。
・東京高裁あるいは毎日新聞の影響を原告が受けているという推測を、友人の範囲で吐露した内容であった。原告に対して貶めるような意図は何一つ持っていない。
・友人限定の設定で投稿したつもりでいたが、投稿直後に読売新聞の記者から公開設定になっていることを指摘され、原告らの目に触れる可能性も考えてこれを削除するとともに、触れた可能性を考えて謝罪投稿をした。
・11月12日は山中弁護士のブログがアップされた日であり、被害者の命日に意図して投稿したものではない。そもそも被告は被害者の命日を記憶していなかった。

法的な主張は、以下のようなものであった。
*投稿1について
・投稿1を削除してからすでに3年数か月が本件訴えの提起時点で経過している。よって、時効が成立する。
・本件投稿1を投稿した動機に関する最判令和2年8月26日の判示部分は、具体的な証拠に基づくものではないし、その既判力は本件訴訟に及ぶものではない。そもそもこの記載で閲覧者の性的好奇心に訴えかけて興味本位で本件刑事判決ページを閲覧しようという気持ちを起こさせることは困難である。被告の指摘は法律情報の提供を意図したものであり、興味本位の誘導を意図して本件投稿1を投稿したと誤解するのは非常に残念である。
・故人に対する遺族の敬愛追慕の情を広く保護した場合、故人に関する表現行為が著しく制限され、表現の自由を保障した憲法21条と抵触することにもなる。故人の遺族に不快な感情を生じさせたというだけで、不法行為を成立させることは適切ではない。
・故人の死の直後になされた表現行為であっても、仮に故人が生存していたとしても違法な名誉棄損やプライバシー権侵害とはならないものについては、遺族の死者に対する敬愛追慕の情を、受忍限度を超えて侵害するものに当たらない。
・一般人を基準とした場合に通常知られたくない、原告ら本人に関する情報を含まないので、投稿することは原告らのプライバシー権侵害とはならない。
*投稿2について
・原告らが被告の処分を求めて度重なる行動をとっていることについて某弁護士の意見を紹介したものである。原告らの社会的評価は低下しないので、本件投稿2を投稿することは原告らの名誉を棄損するものではない。
*投稿3について
・特定の問題について、一方的に偏った情報ばかり提供された場合に誤解をするのはやむを得ないことであって、自分で判断をする能力が低いからという問題ではない。したがって、原告らが東京高裁や毎日新聞に「洗脳された」との事実適示は、原告らの社会的評価を低下させるものではない。

なお、投稿1については、以下のように検討している。以下、引用する。

①本件投稿1自体は、そもそも本件刑事事件の犯罪被害者の名前を明示していないことはもちろん、それを見た公衆が本件刑事事件の被害者の名前を推知できる情報も付加していない。
②本件投稿1のリンク先である裁判所HP裁判例は、本件刑事事件の犯罪被害者の名前を明示していないことはもちろん、それを見た公衆が本件刑事事件の被害者の名前を推知できる情報をも付加していない。
③強盗殺人及び強盗強姦未遂事件の被害者について社会は憐憫の情を持つことこそあれ、これを蔑む感情は持たないので、かかる事件の被害者であるという事実は、その社会的評価を低下させるものではない。
④本件投稿1で示された情報は、主に本件刑事事件の被告人に関する情報であって、被害者故人に関する情報ではない。「首を絞められて苦しむ女性の姿に(略)」というのは被告人に関する事実であって、被害者故人に関するプライバシー情報ではない。17歳の女性であること、上記性癖を有する被告人に殺害されたということは、被害者故人に関する情報に当たるが、いずれも、一般人を基準とした場合に通常公開されることを望まないものではない。
⑤本件投稿1で示された情報のうち被害者故人に関する情報は、既に広く報道されている。なお、本件刑事事件に関しては、原告らの希望により、被害者故人の氏名等を秘匿しないこととなった。
⑥裁判所HP裁判例で示された情報は、主として本件刑事事件における被告人に関する情報であって、被害者故人に関する情報ではない。被害者故人が本件刑事事件すなわち強盗殺人及び強盗強姦未遂の被害者であるとの情報は、被害者故人に関するプライバシー情報ではない。
⑦裁判所HP裁判例においては、報道されていないような詳細な犯罪被害事実は示されていない。本件刑事裁判は、「強姦罪の保護法益は「人」の性的自由であり、「人」が死亡した以上はその保護法益はなくなるのであるから、被害者の生存中にこれを姦淫しようとしたが、その前に死亡させてしまったので死体を姦淫したという場合はともかく、当初より、被害者の殺害後に死体を姦淫する意図であった場合は、死体損壊罪として論ずべきであるから、被告人には、死体損壊罪が成立し、強盗強姦未遂は成立しない」とする弁護人の控訴理由に答えるものであったため、第一審の判決と異なり、詳細な犯罪被害事実を認定する必要はないからである。
⑧本件投稿1が投稿され、被告アカウントのフォロワーが裁判所HP裁判例にアクセスし、その内容を了知したとしても、そこには被害者や関係者の氏名・住所等が記載されていない以上、裁判所HP裁判例を読んだ人々が興味本位で原告ら宅を訪れるなど原告らの生活の平穏を害する事態となることはない。
⑨本件投稿1は、「被告人の異常な性癖や犯行の猟奇性に着目した表現」ではなく、「閲覧者の性的好奇心に訴えかけて、興味本位で本件刑事事件判決を閲覧するよう誘導しようとするもの」ではない。
なお、本件刑事事件判決についていえば、被告人が「首を絞められて苦しむ女性の姿に性的興奮を覚える性癖を持っ」ていたという点は重要な点であった。先に被害者を殺害しそれを確認してから姦淫に着手した場合に強姦未遂が成立するかが控訴審の主要争点だったからである。
このため、本件刑事判決の判例評釈(同志社法学71巻4号)において、山田慧同志社大学法学部助教は、その冒頭で、「1,事実の概要/被告人は、自分の将来を悲観して自暴自棄になっていたところ、死ぬ前に、首を絞められて苦しむ女性の姿を見て性的興奮を得たいと思い」と記載しており、本件判決では、被告人が「首を絞められて苦しむ女性の姿を見て性的興奮を得」ようとしていたとの点は、事案の特異性を示す重要な点として取り扱われていた。また、2017年5月24日付産経新聞朝刊は、本件刑事事件の第一審判決を報じる際に、「判決によると、青木被告は女性が首を絞められ乱暴される様子に興奮する性癖があった。生活に困窮して自暴自棄になり、アルバイト先の同僚だったX(注:原文は実名)さんを殺害。乱暴を試みたうえ、現金7500円を奪った」と掲載している。
以上の点に鑑みるならば、本件投稿1は、仮に本件事件の犯罪被害者が生存していたとしても違法なプライバシー権侵害や名誉棄損となりえないものであるから、遺族の死者に対する敬愛追慕の情を受忍限度を超えて侵害するものに当たらない。

また、「犯罪被害者人格権」を侵害された、という原告側の主張について、以下のように反論した。
・犯罪被害者基本法は、犯罪被害者等の名誉又は生活の平穏を害するおそれの乏しい態様での、犯罪情報の取り扱いを禁止する権利を、犯罪被害者等に付与したものとみることはできない。
・犯罪やその背景事情、司法判断は社会の正当な関心事である。犯罪に関する報道その他の表現活動はたとえ被害者等の意に沿わないものであっても、表現の自由(憲法21条)による強い保証を受けるべきである。犯罪被害者等に過度の情報コントロール権を付与するのは不適切であることからすると、犯罪被害者等の名誉を棄損せず、また、その生活の平穏を害するとまでは言えない情報の流通に関しては、不法行為に当たらない。

確かに、被害者遺族に過剰な情報コントロール権が付与されれば、およそ報道などできなくなるであろう。事件の真相が、冤罪であった、被害者側の犯罪行為が被告人を追い詰め犯行を惹起させた、など、被害者側の意に添わぬものであることは、往々にして見られる。その場合、意に添わぬ報道や論評ができないのであれば、思想の自由、良心の自由さえも危うくなるのではないか。

そして、東京高裁の遺族への説明が、岡口裁判官と話し合われた末に行われたわけではないことが見て取れた。
「東京高裁職員が原告にどのような説明をしたのか被告にはわからない。その説明は被告と相談の上なされたものではないし、事後の説明も受けていない」
という文言が、文中にはよく出てきた。また、事件と関係ない表現行為について、原告が抗議の電話をしたことは知らなかった、とのことであった。

また、岡口裁判官側は、以下のように求釈明を行った。

1・本件刑事事件の審理の際、被害者の氏名を匿名にして審理することが可能だったが、原告らはあえて被害者故人の実名を表示することを望んだ旨報道されている。それは事実か。
2・本件刑事事件に関して第一審判決が下された直後、被害者故人の実名と共に、犯行に関する裁判所の認定事実が詳細に報道されることになったが、原告らはそれに対しどのように感じたか。また報道に関して何らかの抗議や要望を行ったことはあるか。
3・本件刑事事件の控訴審判決に記載されている被害状況に関する認定事実のうち具体的にどの部分が被害者故人のプライバシーを侵害するものだと主張する趣旨か。

そして、最期に、謝罪の言葉を述べた。

以上の通り、偽りのない被告の認識に従って原告ら主張事実に対する認否を行い、あるべき法的な主張をした。ただし、被告としては、原告らの心情を傷つける意図は全くなかったのであり、そのことにより現実に原告らの心情を傷つけてしまったのだとすれば、深く謝罪したいと考えている。
 本法廷で原告らと争うのは被告の本意ではないので、改めて和解による解決を求めるものである。

結論から言えば、原告側が頭から和解に応じない姿勢を見せたため、和解には至らなかった。

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