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#32 公共建築と住宅建築とでは、なぜ断熱性能がこんなに違うのか?(・・・の前編)

さて、今回は僕の別名「断熱二郎」として、公共建築に関する闇というか、なぜ公共建築と住宅建築でこんなにも断熱性能が違うのだろう?ということについて書いていこうと思う。
(なお、このテーマは闇が深いというか、書くべきことがたくさんありそうなので、前編後編に分けて綴ることとする)

これは、一つの理由に起因するものではなく、色々な要件が重なっていることなので、ここさえクリアすれば一気に解決ということにはならないけど、ちゃんと紐解いていけばクリアできそうなことばっかりで、その要因と解決策について書いていきたい。


住宅建築で使われる断熱指標値

住宅建築では断熱性能はUA値という指標があり、この数値が小さいほど断熱性能が高くなる。(別にC値という気密の指標もあり)
最近の住宅メーカーや地域工務店は、これらの数値をシビアにコントロールしていて、そんなことを謳っていないメーカーや工務店は、ほとんど受注が取れないくらいだ。
これらの性能が高ければ、家の中にエアコンが1台あれば1年じゅう室温が一定に保たれ快適に過ごすことができるという訳である。
いわゆる高気密・高断熱の家というやつで、いい加減な断熱性能で燃費が悪い住宅にはもはや誰も住みたがらないし、建主となるユーザーの方もしっかり勉強しているので、造り手側も、ものすごく勉強している。

下のURLリンクは、僕が断熱二郎の称号をもらうきっかけとなった「全国初の学校断熱プロジェクト」を一緒にやったメンバー(兵恵くん志水くん)が経営する津山市内の工務店のHPだ。
どちらの工務店も断熱へのメッセージをしっかり発信している。

住宅については、国も基準を細かく設けていて、クリアすべき基準を徐々に上げる動きとなってきているので、今後は断熱性能の等級6以上の新築住宅が大半を占めていくだろう。
ちなみに等級1が無断熱住宅で、ちょっと前までの最高等級4ではもはや時代遅れだし、今後の資産価値は(旧耐震基準のように)激減するであろう。

住宅の断熱等性能等級を示した図(YKK-APのHPより)

一方で、公共建築(ビル建築)の断熱性能は・・・
たぶんお話にならないくらい低いというのが実態である。

公共建築(非住宅建築)で使われる断熱指標値

住宅建築も公共建築(非住宅建築)も同じ建築物なので、断熱という性能指標があることに変わりはない。

ただ、公共建築(非住宅建築)においては、前述のUA値という指標ではなく、BEI値という指標が用いられている。
こちらは簡単に言うと、「標準的な建築のエネルギー消費量」と「実際に設計した建築のエネルギー消費量」の割合を求めるもので、最近の省エネ機器(LED照明とか高効率エアコン)とかを使えば割と普通にクリアできる基準である。

またPAL値と言う性能指標もあるが、こちらも住宅と違って建物の断熱性能(熱貫流率)はあまり細かく設定されておらず、窓に近い部分の熱負荷を総合的に捉えるという指標である。

詳しくは国交省が出している下の図を参照されたい。

非住宅建築の一次エネルギー消費性能(国交省の資料より)

ちなみにこのBEIは2024年4月から基準値が引き上げられている。

非住宅の省エネ基準の引き上げについて(国交省の資料より)
非住宅建築の外皮性能を示すPAL値(国交省の資料より)

こんな風な感じで、住宅建築と公共建築とでは、断熱性能の捉え方がずいぶん違うのと、正直、住宅建築の方が求められる性能(断熱材の厚みやサッシの性能)が圧倒的に高いのである。

設計する人のタイプや属性が全く違う

世の中には建築士という職能の資格があることは世間一般によく知られていることと思う。
ただ、同じ建築士であっても、現代ではかなり分業化が進み、活動するフィールドが住宅建築の設計者と公共建築(非住宅建築)の設計者とでは全く異なっていると言ってよい。

一般的に住宅を設計する人は住宅メーカーや工務店の中にいて、よっぽどのことがない限り、公共建築を設計することはない。
(小さなクリニックとか店舗、事務所建築くらいまでは設計することもある)

逆に、大きなビル系建築や公共建築を設計するような人が、住宅を設計することも極々稀である。
建築家の竹内昌義(断熱男)さんのように、両方をハイブリッドでこなし、断熱の知識がめっちゃ高いビル系側の建築士(建築家)は、本当にレア種な存在である。

見出しに使った「あたらしい家づくりの教科書」
住宅建築と公共建築の両方が分かる竹内さんのような人は稀有な存在

ちなみに、世の中で「建築家」と呼ばれる人たちの大半は、そもそも断熱なんかに興味がないと言っても良いような状況である(苦笑)
まぁそれは普通のガラスを多用したペラペラ建築で多くの紙面が埋め尽くされている建築雑誌を眺めれば一目瞭然である。

そう、建築士の中でも完全に棲み分けができていて、それぞれ向こう側の領域に関心がないというか、特に公共建築(非住宅建築)の設計者は、住宅建築の今のトレンドや断熱性能のことを知らないという、情報の非対称性が発生しているのである。
どうも公共建築(非住宅建築)の設計者は、住宅の設計者より偉いというような自意識が高いのか、あまり住宅のことを研究しない風潮が強いのは嘆かわしいことである。

それに加えて、公共施設の発注者となる建築系公務員も、目の前の仕事として関わっているのは公共建築(非住宅建築)であり、住宅建築のことをほとんど知らないというのが実情である。
よっぽど自身が自宅の建主にでもならない限り、公共建築の断熱と住宅建築の断熱の差がどれくらいあるのかなんて知らないままなのである。

こんな風に両者が交わることがほとんどない世界なのが、建築設計界なのであるが、こと断熱性能に関しては、遥に住宅建築の方が先を行っていると言ってよい。
現状では分断状態になっている設計者の属性であるが、ここのオーバーラップを出来るだけ広げていくのが、これからの解決策になるのではないかと感じている。
もちろん建築系公務員も例外ではなく、住宅建築のトレンドをもっと知り、それを公共建築にフィードバックさせていくような教育や人材育成が必要不可欠になるだろう。

設計者の属性による棲み分け→中央の人材を増やすのが鍵(筆者作成資料)

設計のプロセスにみる両者の違い

そもそもの設計プロセスや分業体制も両者には大きな違いがある。

住宅建築の設計者は、設備類まで丸ごと自分自身がパッケージで設計し、断熱等級の計算などもほとんどの場合、内製化されていて、求める断熱性能からバックキャストしながら設計を行なっている。
高気密・高断熱の注文住宅では、工務店の設計者が自分でプログラムを走らせながら、断熱性能や設備容量を決めていくような手法が取られている。

反対に、公共建築(非住宅建築)の設計者は、完全に分業体制が敷かれていて、空調や換気の設計は機械設備の設計事務所に、照明や電灯の設計は電気設備の設計事務所に外注される。
その中でイニシアティブを握っているのは当然、建築系(意匠系)の設計者であるが、困ったことに断熱性能にはほとんど無頓着で、成り行きで設計し、それを設備設計者に渡し、省エネ機器なんかで無理やり基準内に収めようとするプロセスを取ることが多い。
住宅設計者が断熱性能からバックキャストで設計しているのとは随分異なるやり方であり、例えば、断熱性能を高めれば、エアコンがダウンサイジングされるようなことは考えられていない。
建築→設備という一方通行の順番で物事を決めるというプロセスで進められるのが、公共建築(非住宅建築)の慣例である。
建築の設計者がガラスを多用した建物を計画されると、設備の設計者はそれにアジャストした容量の空調を入れざるを得ないのである。

そこが連動してくると、無駄なエネルギーを使わない建築になるのになぁと思うところであるが、やはり発注者となる僕のような建築系公務員が、その辺りもコントロールしていかないと感じているところである。

別に悪口を言うわけではないのだが、同じ県内の自治体で新美術館を建てる計画があるそうだ。
完成予想のパースを見て、ちょっとこれどうなんだろと感じる。
ガラスを全面的に使用したエントランスホールは確かにカッコいいしスタイリッシュではあるが、熱負荷とか空調計画とかどうなっているのだろうと疑問に思うところだ。
これが収益ベースで運営される商業施設なら、エネルギーコストをその収益分でトレード関係にすることもできるだろうが、おそらく大きな赤字運営が余儀なくされる公共建築でこうなってしまうと、そのエネルギー代を心配してあげたくなる。
確かにカッコいいのだが・・・

2025年にリニューアル予定の新備前焼ミュージアム
エントランス部分・・・温熱環境は大丈夫なのか?いっそ屋外空間にした方が良いのでは?

ということで、前半はここまで。
次回はサッシのことなんかについて触れていきたい。

最後にお知らせ

特に建築系の公務員に聞いてもらいたいセミナーをご案内します。

5月15日(水)の21:00〜22:30に「あなたの町の「公共施設」キチンと、服着てますか?」という内容のオンラインセミナーをNPO自治経営の主催により開催します。
講師には、長野県庁舎ZEB化にアドバイザーとして関わり、ドイツや日本で最先端の省エネ建築に取り組まれている金田真聡さんをお迎えし、各地で公共FM に取り組んできたNPO法人自治経営のメンバーがその詳細に切り込みます。
有料のセミナーですが、公共建築の断熱のことについて最先端の情報をお届けしますので、ぜひご参加ください。

5/15 公共施設の脱炭素化オンラインセミナー・チラシ

【イベントの詳細・お申込みはこちらから ↓↓↓】
https://x.gd/lI9wJ


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